シナリオ:彼女の部屋 II

女の部屋。
 テープのダビングをしている若い女。部屋には、今、買い物してきたばかりの食料品、野菜、肉、ケーキなど、がそのままに置いてある。コンポーネントのステレオセットの側にカセットテープが2、3本、むき出しのまま置いてある。ヘッドホンをして、カセットテープを出し入れしながら細かいテープ編集をしているようだ。時計を見て時間を管理しながら作業を続けている。しばらくすると、その作業が終わったのか、テープを片付け始める。満足そうに笑いながら、そのうちの一本をデッキの中に入れて、他のテープを残らず片付けると、買い物の荷物を抱えてキッチンの方へ向かう。

女、キッチンで、楽しそうに、二人分の食事の支度をしている。

女の部屋の外(ドアの前)
 男がドアの前で呼び鈴を押そうとしてちょっと躊躇する。懐から拳銃を取り出す。しばらくそれを眺めた後、ポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵を開ける。ノブを回してドアを少し開けると同時に、ドアの横の壁に身を伏せ、足でドアを大きく開く。その瞬間銃声が聞こえ、ドアの中から銃弾が奔り、欄干で反射する金属音が響く。その瞬間ドアの中に踊り込むと同時に拳銃を撃つ男。

女の部屋2。
 拳銃を構えたままの男と拳銃を握ったまま胸を真っ赤にして倒れる女。

女の部屋の外(ドアの前)2
 男がドアの前で呼び鈴を押そうとしてちょっと躊躇する。身嗜みを軽く整えて、呼び鈴を押そうとする。

女の部屋3。
 テーブルにはすっかり食事の支度が整っている。ちょっとしたパーティーのように奇麗にセットアップされている。女はその様子を一通り見渡した後、カセットデッキのスイッチを入れ、タイマーをかける。
その後、ゆっくりと玄関の方へ向かい、ドアの前に立つ。少しして呼び鈴がなる。

女の部屋(玄関)
 呼び鈴を聞きながらドアを見つめている女。一瞬後、ドアを開けて、男を迎え入れる。男が入って来る。

男「よう」
女「いらっしゃい。時間どおりね。準備できてるわよ。」

 女、男に背を向けて部屋の方へ向かう。男、ロープを取り出し彼女に向かって飛び掛かろうとする。足元にピアノ線が張られているのをとっさに気づき飛び越えて彼女の首を後ろから一気にしめる。崩れ落ちる女。

女「なにしてるのよ、早くあがって。」
男「ああ、ごめんごめん。」

 男、靴を脱いで、部屋の中へ。

女の部屋4。
 テーブルに向かい合って座っている二人。女がワインをグラスに注いでいる。

男「あ、そうだ。ビール持ってきてよ。」
女「えー、ワインの後でいいじゃない。」
男「やっぱ、夏はビールでしょう。いいから早く持ってこいよ。」
女「自分でとってくればいいじゃない。」
男「今日は俺のパーティーだろ。」
女「わかったわよ。でも、このワイン飲んでからね。」
男「だめ。今。」

 女、麦酒を取りにキッチンへ行く。その間に、男、彼女と自分の前にある、ワイングラスや、皿、料理などを素早く入れ替える。女が麦酒とグラスを持って戻ってくる。

女「さ、じゃ乾杯しましょ。あなたはビールでいいのね。」
男「あ、乾杯はワインでいいよ。せっかくだし。」
女「じゃあ、なんでわざわざビール持ってこさせたのよう。」
男「いいから。ほら、乾杯」
女「うん。退院おめでとう。」
男「ありがとう。もう、ずいぶん経つけどね。」
女「もう、全然いいの?」
男「もともと、悪いわけでもないからね。検査みたいなもんだよ。」

 食事をしながら、会話をする二人。男、女がちょっと脇を向いた隙に、拳銃を取りだし、テーブルの下から彼女に狙いを付ける。

男「テレビでも付けようか」
女「うん。リモコン取って。」

 男、フォークを置き、拳銃を隠したままリモコンを取って女に投げる。女、素早く受け取ってスイッチを入れる。テレビに電源が入ると同時に、男、撃鉄を起こし、女がテレビから向き直ると同時に引き金を引く。女、ビックリしたような顔で倒れる。男、立ち上がってテレビを消す。

女「えー、何で消すのお?」
男「え?ああ、何かボンヤリしてた。俺が、テレビつけようって言ったんだっけ?」
女「そうよー。ねえ、本当にだいじょうぶ?」
男「何を心配してるんだよ!」
女「え、でも。」

 男、懐に手を突っ込み、素早く抜くが、手には拳銃は無い。

男「いや、ごめん。何かまだちょっとね。昨日徹夜だったし、ちょっとぼーっとしてるみたいだな。心配しなくても大丈夫だから。」
女「ま、いっぱい食べれば心配ないよね。」
男「うん。結構これうまいよな。考えてみたら、料理作ってもらうなんて初めてだよな。」
女「最初で最後の大サービスよね。」
男「え、最後なの?」
女「これを普通って思われたらたまんないもん。特別なんだからね。今日は特別。」

 食事も終わり、簡単にテーブルの上を片付けて、珈琲とケーキを用意する女。

女「あれ、フォークとスプーン無いね。」

 キッチンに戻る女。その間に珈琲とケーキを入れ替える男。女、戻ってくる。

男「さて、じゃあ一勝負いこうか。」
女「えー、またやるの?何回やっても同じよ。」
男「負けっぱなしは、嫌なんだよ。このままじゃスッキリ終われないし。」
女「何?」
男「いや、スッキリしないじゃない。俺、一回も勝ってないんだぜ。」
女「実力の差でしょ。」

 女、引き出しを開けると、未開封のバイシクルが1ダース程入っている。そこから一組取ると、男に投げる。手首のスナップだけで投げているのだが、そのカードはかなり鋭く飛んでいき、男は受け損ない胸に当てて、ちょっとうめく。すぐ取り直して、封を切り、シャッフルする。女はステレオの所に行きカセットのスイッチを入れる。別に音はしない。テーブルに戻り、女もシャッフルする。女のシャッフルは、やたらと鮮やかで、それを見た男は、面白くなさそうに珈琲を飲み干す。

女「ルールは前と同じでいいわね。」
男「ああ。」

 二人はブラックジャックを始める。男、「よーし」とか「来い!」などと言って、自らに気合いを入れるが、一方的に負け続けている。チップは無し。現金で直接やりとりしている。

女「もう一枚でしょ。」
男「待てよ。」
女「もう一枚ひいてドボンよ。」
男「もう一枚」
女「ほらね。それで、今はツキの波に乗れてない、って言うのよね。」
男「……」
女「はい、ブラックジャック。これでいくらになった?」
男「いちいちうるさいんだよ!」

 「いちいちうるさいんだよ!」という言葉は女と男、同時に言い、女、やけに笑う。

女「これだけ読まれて、まだ勝てると思うの?いい加減にやめましょう?」
男「しょうがないか。」
女「そうよ。」

 男、おもむろに拳銃を取りだし、彼女に突き付ける。

男「……」
女「ふーん、それで」
男「俺がその気なら、もう3回殺してるんだよ。」
女「誰を?」
男「なんなんだよ、お前は!」

 女は終始落ち着いた感じで、口の端に笑みさえ浮かべて座っている。それは、落ち着いてさえいれば、この場を収められる、と思っているようにも、気違いにも見える。その前で目を血走らせ、こっちは完全に狂っている感じで、震えながら拳銃を握り締めている男。男は苦しげにも見える。息も荒くなっている。

女「ねえ、3回、私が殺されてるって、もしかしたら最初はドアの前?」
男「そうだよ。俺が鍵を使ってそっと入ってたら、お前、俺を撃ち殺すつもりだったろう。それをかわして1発だ。玄関入ってから無防備に後ろを見せて、俺を誘ったろう。床にピアノ線仕掛けて。それ飛び越えて2回目だ。」
女「やればよかったのにね。その時に。」
男「食い物や飲み物も用心して入れ替えた。そしてテーブルの下から撃つ、これで3回、お前は死んでる。」
女「バカじゃないの?」

 女、冷ややかに男を見ている。男、目を見開いたまま、ぴくりとも動かない。冷たく喋り続ける女。それに答える男の声は妙に虚ろに聞こえる。

女「そのへんが精一杯よね。」
男「ああん。」
女「ドアの横はちゃんと見たの?薬たっぷり塗った針を28本、あなたの首から背中に当たるように、仕掛けてあるわよ。」
男「それを読んでたのか」
女「床のピアノ線は1本じゃないの。あなたそれにも気がつかなかったのね。気違いのくせに、私に勝とうって?そのまともに動きもしない頭で。」
男「くそ。」
女「テーブルの下で私を撃って、当たると思ってんの?テーブルの下を見もしないで。」
男「何で、そこまで俺の行動が読める。次のカードまで!いつだってそうだそれで俺が…」

 女、立ち上がって男の方へ行く。

女「ねえ、このバカ」

 女、男をちょっと押す。男、そのまま横倒しになる。

男「くそ、また負けた。今度は…」

エンディング
 女、カセットテープを止める。同時に男の声も切れる。女、キッチンから薬ビンを持ってきて、男の前に置く。拳銃を取り上げ、左手に持ったまま電話をかける。

女「もしもし、精神科の鮫島先生をお願いします。ええ。はい。私です。彼が、はい、急に暴れて、私、怖くて、それで、ええ、静かになったなって、思って、見たら、薬飲んで、倒れてて。…なんか死んでるみたいで。私…。」

 女、座り込んで、片手で拳銃を玩びながら、涙をボロボロ流す。言葉も途切れがちになりながら、電話に話し続ける。

女「ええ、はい。有難うございます。先生も来てくれますよね。はい。私、どうしたらいいのか。なんか、もう、なんにもわかんなくて。はい……

終わり。