「定本・気分は歌謡曲」
 近田春夫著、文芸春秋、1714円

時代の狭間に生まれた意味論的歌謡曲論、堂々の復刊

 週刊文春連載の「考えるヒット」も好調な近田春夫が、78年から84年にかけて連載していた歌謡曲論「THE歌謡曲」全文を収録したのがこの本。かつて、その一部と、インタビューなどを収録して発売されていた同名の本の改訂復刻版だ(だから「定本」ね)。
 もう、題材が歌謡曲だから、書いてあることは既に古いどころか、そんな歌、誰も覚えてないよ的な内容なのだが、「歌謡曲」という、とことん時代的で風俗的なジャンルを遊び倒している、その雰囲気に濃厚な80年代的な気分が横溢していて面白い。
 79年の年間シングル売上上位三曲が「夢追い酒」「魅せられて」「おもいで酒」であるのに対して、80年は「ダンシング・オールナイト」「異邦人」「大都会」。このデータだけでも、80年が、いかに大きな転換期だったか分かると思う。その変化は歌謡曲だけにとどまらない(というか、社会の変化に敏感なのが歌謡曲だ)。この本は、そんな転換期に書かれた時代の証言として読むと、その面白さは倍増する。今、この本が復刊された意味というのも、多分そこにある。そして、怖いことに、その後、1999年に至るまで、何も新しいことは起きていないことに気がつく。恐ろしい。