改作お化け長屋


 えー、毎度馬鹿莫迦しいお笑いを申し上げます、ってな事を、私どもの方ではよく申しますが、これはまあ、決まり事ってえますか、志ん生師匠、文楽師匠なんかがこういう事を言いますってえと、こう何だか聞いてるこっちの方がワクワクして、「ああ、どんな面白い噺が聞けるんだろう」なんてんで、もうそっから笑う姿勢が出来ちまうんですが、これが私のようないい加減の国からいい加減を広めに来たような者の場合ですと、もう掛け値なし、嘘偽り無しの、バカバカしい噺ですんで、困ったもんです。こうやって、ホームページ上で喋りますってえと、古典落語をそのままって訳には参りませんし、ましてや、新作なんてのは真打ちの師匠連でさえ面白いものを作る人は数える程ってえ訳で、私なんぞにはとても出来たもんではございません。
 そこで、私としては、改作ってのをやるんでございますが、これほどだらしないもんもあんまりありませんね。早い話が、古典落語をこういじりまして、何か現代風に出来ねえもんかってやるわけなんですが、こないだ作ったのは又ひどいもんで、あの「のらくろ」で有名な田河水泡先生がお作りになった「猫と金魚」という噺がありまして、これは隣の猫から金魚を守ろうとする旦那さんと間抜けな小僧さんの噺なんですが、これを現代に蘇らせようと、まあそういう大きな夢を思い描いた私が作りましたのが、改作猫と金魚の「人面犬と人面魚」。あれ、お客さん、もう帰っちゃうんですか。え、あんまりしょうがない?これから面白くなるんですから、もうちょっと聞いてって下さい。「だから、家の人面魚を隣のバカ人面犬が食おうとして狙ってるから、棚の上に水漕を上げなさいと言ってるんだ。もう3匹目なんだからね。まったく。」
「…ええ、水漕は棚の上に上げましたが、ええ人面魚はどうしましょうか。」
「何か変な事言ったな。で、人面魚はどうしたの?」
「廊下で寝てます。こっち、じーっと睨んでます。旦那様の前ですが、あれ変な顔ですねえ。私にらめっこやって4連敗。」
とかいうんですけどね。下らないでしょう?もっと聞きたいですか、人面犬と人面魚?まあ、やめときますけど、こういうつまんない事ばっかり考えてんですよ。
 えー、夏と言いますと、あ、こっから正式な枕です、怪談噺なんてえのが流行りまして、落語の方にも「怪談牡丹燈篭」「もう半分」「怪談乳房榎」なんという怖い怖い噺が沢山ございます。他に「三年目」「へっつい幽霊」といった、愛嬌のある幽霊の噺もまた沢山ございまして、どちらも夏場にいいようですね。まあ、私なんかは、バカ専門ですんで、あんまり怖い噺は苦手でして、今日の噺も、幽霊みたようなのは出てくるような気がするんですが、お笑い、しゃれですんで、みなさんも気楽に一席お付き合い願います。
 さて、近ごろは土地の値上がりなんかで、こう、部屋を探すのも一仕事ってえもんですが、なかには、立派なマンションで場所も良くって家賃も安い、それでいて、借りる人は誰もいなくて、大家さんは夜逃げしたって所もあるっていいます。こういう所は決まって妙な噂が立ちますね。「奥様、お聞きになって。あそこのマンションの噂?」
「ええ、何でもあそこで首吊った人がいたとか。」
「あら、私が聞いたのは、地主に犯されて死んだ女の幽霊って話よ。五十人位の人から聞いたから絶対よ。」
「まあ、ホラ吹きが五十人もいるのね。」
「いいえ。あそこは元が墓場だったから、霊がウヨウヨいるんですよ。」
「そうそう、私は霊感が強いから解るわあ。今度霊感商法始めようとおもいますの。サイコー!とか叫んで。」
なんてんで、まあ、何が本当で何が嘘やら、一人ずつ違った噂知ってたりなんかするんですから。でも、こういう所に住んでる人ってのは強いですよ。この住宅不足で、普通アパートはどこも一杯ですからね、家賃なんか上がり放題なんですから、普通の所は。空き室が一つでもあれば、大家さんとしてもそうそう家賃は上げれません。
「おーい、いるか、いるか、いるかー!」
あ、もう噺、入りましたから。
「なんだ、なんだ、うるせえのがやってきたな。ドンドンドンドン戸を叩きやがって、ウルセー!この野郎。」
「おーい、いるかいるかいるかってんだよー。」
「いるかいるかって、俺はオリビアニュートンジョンか」「なに、言ってんだよ。大変なんだよ。」
「何だ、大変って。またバラバラ死体の出来損ないでも出たか?」
「そうじゃねえよ。大家だよ大家。」
「親がどうした。子供でも出来たか?凄いねえ、この上原謙。で、男か女か?お前の親って今年で八十だろ?よくまあ、何とも、お前の親だねえ、このスキモノ!」
「一人でよくそこまで話を持ってくなあ。だからさあ…」「大家だろ、それがどうしたって?」
「あそこの202号室さあ、人に貸すんだってさ。」
「あそこは俺達が事務所に借りてる部屋じゃねえか。それを貸すだと。あの恩知らずの因業ジジイ。」
「でもさあ、無理も無いと思うよ。もう随分家賃溜めてるし、借り手がみつかるまでは使ってもいいって言ってくれてるし、しょーがないんじゃないか。」
「お前、しょーがないで済むか?事務所無しで仕事やる気か?」
「でも、金はねえし、大家にも迷惑かけてるしさ…。」
「うーん。あ、そうだ。おい、大家はもう不動産屋に言ったのか?」
「いや、不動産屋は通さねえらしいよ。礼金も莫迦になんないって言ってた。貸家札さげるってさ。」
「あのドケチジジイが。でも、そいつは好都合だ。要するに、借り手が見つかんなきゃいいんだろ?いいよ、大丈夫だよ。俺に考えがあるから、うん。」
「なんだよ、どうするんだ?」
「いいからさ、借りたいって奴が来たら、大家に会わす前に俺の所に寄越しな。ああ、何とでも言ってさ、大家は遠くに住んでて、俺が管理任されてるとかさ、他の連中にもそう言ってさ、俺が部屋の案内するからってさ。」
「ふーん、それで大丈夫なのか?」
「まあ、見てなよ。」
 てんで、この男、借り手が来るのを手ぐすね引いて待ち構えております。
「あのー、すみません。ここ借りたいんですけど、大家さんはどちらでしょうか?」
「えっ、ここを、借りたい。うーん、もう来やがった。大丈夫かな…。あっ、大家さんですか?大家さんは遠方でしてね、ええ。でも大丈夫ですよ。そこの102号室に池上ってのがいますから、そこに行って聞いて下さい。」
「あの、その人は管理人か何かですか?」
「いや、管理人ってわけじゃないけど、ここのアパートの一番の古手でね。何でもここを作った時に工事に参加してたって云うくらい古いんですよ。もう工事が好きな男で、ツルハシ持たせりゃ日本一、ドカチンの池って言やあここの主みたいなもんです。」
「その人の所に行けばいいんですね。」
「はいはい。102ですから、はいどうぞ。」
「あのー、すみません。ごめんください。」
「はい、何でしょう?」
「あのォ…デカチンの池さんというのは…。」
「こらこら、見たことあるのか、お前は。大体、そういう皆が予想してるようなギャグを言うんじゃねえよ。で、何の用ですか?」
「いえ、あの、すみません。あの、ここの部屋を借りたいと思って、あの、ここで聞けばわかるって、あの…。」
「あのあのって、お前は円歌か?」
「いえあの、円歌はアナアナです。」
「わかってるよ、そんな事は。シャレじゃねえか、全く。で、何が聞きたいの?」
「あの、間取りなんかは…」
「こことおんなじ。6畳一間にダイニング、バス・トイレ付きだよ。」
「あの、テレビのアンテナは…」
「ついてるよ。あと衛星放送のパラボラもついてるから安心しな。ビデオマニアとかそういうんでしょ、あんた。」
「あの、いえ、その、」
「いいんだよ、そんなことは。」
「それで、家賃は…。」
「ああ、家賃ねえ。まあ、決まりでは月に5千円。」
「えっ、5千円?」
「うん、決まりではそうなってるけどさ、まあ、住んでくれるっていうんならタダでもいいや。」
「えーっ、タダですか?」
「うん、住んでくれるんならさ。」
「あの…、何があるんですか?」
「何がって?」
「だって、あの、これだけのアパートですよ、都心にも近いし、お風呂だってついてるし…」
「ユニットだけどね。」
「それでも、いくらなんでも変ですよ。」
「うーん、気がついたか。」
「何かあるんでしょ?」
「まあ、入ってから、何で先に教えてくれなかったって言われるのもなんだから、じゃあ、話しましょうか。あ、長くなりますから、ちょっとそこに腰掛けて、そうそう、ドア閉めて、あー、ちょっと暗いかな。ま、いいや。あの、あなたが話せって言うから話すんですよ。あんまり話したいような話じゃないんですから。」
「あの、そんな、小さな声で話さないで下さいよ、あの、僕って結構霊感とかそういうの強くって、あの…。」
「霊感が強い、それはそれは。じゃあもう何か見えるんじゃありませんか?この部屋の真上がその部屋なんですけどね。ほら、天井のそこの所に、シミがあるでしょう?そこの上がちょうど現場なんですよ。」
「あの、現場って、あのあの…。」
「あのあのって、お前は円歌か?」
「いえあの、円歌はアナアナです。」
「わかってるよ、そんな事は。シャレじゃねえか、しかも二回目だ。何で、同じリアクションすんの? え?コピー&ペーストですって、そんなことバラすんじゃないよ。まあ、そう慌てずに、ゆっくり聞いてなさい。そう、あれは、もう7年も前のことになります。あの部屋には、そう二十七、八の独身女性が住んでいたんですよ。こう、ちょっとキツい感じはありましたけど、これが中々の美人でね、スラリとしてて、背筋をピンとのばした所なんて、ちょっとそこらのモデルなんか問題になりませんでしたよ。その通りの美人で年も年という事で、随分、ドアの前には男が立ってる事なんかもあったんですけどね、部屋に入れた事は一度もなかったようでした。固いというか、こう、しゃんとした娘でね、そのへんの男の手におえるような感じじゃありませんでしたね。近所の連中なんかも、そうそう、あなたをここに案内した野郎なんか、なんとかなんないかと、色々口説いてたようですがね、本当、莫迦な野郎だ。仕事に生きる女とか言うんですかね。安売りしないってんですか。でも、本当にいい娘でしたよ。あの娘がいた頃のこのアパートはまだ建って間もなかったし、こう、朝ね、『おはようございます』ってニッコリしてね、皆、その笑顔で一日元気に働いてたもんです。」
「はあ、見たかったですねえ。」
「ああ、見たいですか…、はあ…。」
「え?何です。」
「いえ、何でもありませんよ。話を続けましょうか。」
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「何です?」
「また、そうやって凄むんだから…。あの、この話にですね、あの、笑う所はありますか?」
「は?」
「ですから、こうギャグかなんか入って…、あの、ありませんよねえ、はあ、いいんです、ちょっと聞いてみただけだから、はい、続けて下さい、すみません。」
「あれは、真夏、丁度今日のような蒸し暑い頃でした。ある晩、泥棒が入ったんです。このアパートは、見ての通りの二階建てです。洗濯物なんかから女の一人暮らしと目を付けたんでしょう。窓から入って、通帳や何かを一通り盗みだし、ひょいと見ると、熱帯夜の蒸し暑さに布団を抜け出し肌も露な女の寝乱れ姿。ブスなら問題もなかったでしょうが、これが先程言うようないい女です。おまけに胸元が大きくはだけて乳首が覗いているという悩ましさ。思わず女にのしかかりました。ここで、叫べばよかったんですよ。なまじ気が強いのがよくなかったんですねえ。泥棒の急所を蹴り上げると、すぐさま警察に電話をかけようとしたんです。女にあしらわれたと思った泥棒、すっかり頭に血が上り後ろから電話のコードで女の首を締め上げておいて、脇腹にナイフを突き立てました。女がもがくのが怖かったのか、その後もナイフで何度も何度も女の身体を切り裂き突き差し…。ドタンバタンの物音に気が付いて私達が部屋に行って見るが鍵がかかって入れません。管理人から合鍵を借りて、私が先頭に立って入ってみるとブーンと血なまぐさい臭い。ダイニングは一面の血の海、慌てて灯りをつけてみると、見るも無残な死体、というより、もはやそれは肉塊。長い黒髪を床一面に扇のように振り乱し、顔といい身体といい、どこも血が運河のように流れ出て、片目は無残に抉られて、残る片目をカッと見開き天井を睨み付け、虚空をつかんでこときれていました。警察を呼び調べも十分やったんですがね、未だにその泥棒は捕まっていないんです。跡を片付け身寄りを探したんですが、これも見つからず、とにかく私達で葬式を済ませて、大家さんの方で畳や壁紙、その他血の染み一つも残さず整備をして、貸家札をはりました。場所もいいし、部屋もいい、借り手はすぐつきます。あなたが、こうやって来ておられるようにですね。ところが、どういう訳か、五日と住む人はいません。早い人で三日、中には引っ越して来たと思うとすぐに又越してってしまう人もいました。あんまり不思議なんで、一番後、つまりあなたの前ですがね、に越してきた人に聞いてみたんです。」
「はあ、何かもう聞かない方がいいような気がしますね。どうも、あの、あれでしょう?」
「まあ、お察しの通りですけどね。」
「幽霊ですか?」
「ええ、空いてる内は何ともないんですがね、誰かが越してくると、出るようですね。」
「はあ…」
「越してきて、一日、二日はなんともない。三日目の晩になるとね、(グッと声をひそめて怪談口調)昼の内は賑やかだが、夜が更けると、都心とは云えこの辺りも、しん、としてきます。聞こえる音は、正体不明の蟲の声と、時折聞こえる、銃声のような、ターン、ターン、という物音。近くの寺で打っているのか、鐘のようなそうでないような妙に陰にこもった音が、ぼぉぉォォん…。」
「あの、その、あ…。」
「どこからか風鈴の音がチリリ、チリリリ。」
「誰です、そんな物ぶらさげてるのは。」
「さあね、このアパートにはいないようだけど。すると、六畳間の扉がするするするッと、ひとりでに開く。奥の闇の中に、ふっ、と光るものが見える。血腥い臭いがプンと漂って、かさかさ、となにやら揺れている様子、よく見ると、髪をおどろに振り乱し、左目あたりから血をしたたらせた女がすぅぅぅっ、と…」
「へっ、へっ、ああのの…。」
「寝ている人の顔を見て、くっくっくっ、と泣く。それから今度は急に笑いだす。「よく、それでも越してきて下さいました」というと、手にぶらさげていた自らの目玉で、寝ている人の顔をすぅぅぅ…と撫でますよ。」
「きゃー、ぎゃー、あしー!」
「なんだなんだ、あいつは、臆病なやつだなあ、この小心者、そんなに出世がしてえか、おい。あ、そりゃ昇進か、って一人で突っ込んでどうするんだ。それにしても普通、飛び出すか?濡れタオルでひょいと顔撫でただけだぜ。まあいいか。それよりおい、出てこいよ、そこで聞いてやがんだろ?おい。」
「池ちゃん、うまいもんだね。こりゃ、下手な寄席より面白いや。世にも奇妙な物語のスタッフに聞かせたいね。あれ、財布が落ちてる。池ちゃんのかい?」
「いいや、多分さっきの奴んだろう。そりゃ俺がギャラ代わりにもらっとこう。おっ、5万円入ってるよ。ゲーマンてやつだな。ゲーマン民族の誇り!」
「つまんねえよ!笑えねえよ!怪談専門だな、お笑いは駄目だ、才能がねえ。」
「指きりゲーマン、徹夜麻雀でゲロマン、ゲーマン・ホーン・フォーム!」
「なんだよ、そりゃ。最後のシャレになってねえよ。急にそういう事ばっかり言いだしてどうしたんだ?」
「いや、ちょっと、話が緊迫したもんだからさ、ここらで何か面白い事言っとかないと、不安でさあ。」
「誰が笑うんだよ、そんなので。」
「まあ、いいじゃないか。じゃ、この調子で行くから、部屋借りに来る奴らは、みんな俺の所に回すんだぜ。」
「まかせちゃって悪いね。今度は友達連れて来て、皆にあの話、聞かせてやろうか?入場料取ってさ。」
「バーカ。いいから、頼むよ。」

「ねえねえ、ねえったらー!」
「へっ、俺?」
「そうよー、他に誰がいるのー?」
「ああ、そりゃそうだ。で、何ですか?」
「部屋借りたいんだけどォ。大家さんどこ?」
「ああ、部屋ね。はいはい。大家さんはちょっと遠くに住んでるから…」
「とおほく?秋田とか青森とか?」
「あのねえ…遠方ですよ。遠い所に住んでるんです。」
「遠くっていったって日本でしょ?まさかカンボジアとかサラエボとかじゃないよねえ。」
「物騒な所がお好きなんですか?いえ、日本ですけどね。ちょっと遠いもんで、ほら、そこの102号室、あそこに行けば分かるようになってますから。」
「あそこに行けばいいのね。」
「はいはい。お気を付けてー。」
「え?」
「いえいえ、気になさらずに。…と、行ったか。ありゃ可愛い女だったなあ。あーゆーのが近所に住んでると嬉しいなあ。ちょっと口は悪いし変わってるみたいだけど、そこがまたいいじゃないか、え?いいなあ、彼女が越して来るだろ?そうすると202号室だから俺んちの隣だ。日曜日の夕方なんかに、何かいい匂いがしてくるなあ、って思うと彼女の部屋だ。やっぱ女だからな。俺らが作るような訳わかんねえ料理はつくらねえ。こないだの池が作った奴なんかひどかったからねえ。いろんなもん鍋にぶちこんでやがるから、煮物かと思ってたらパサパサのもん持ってきやがって、これ何だい?って聞くと、うーっ、って唸りやがった。そんで『男の料理だ!黙って食え』ってやがる。どう見ても食い物って代物じゃねえ。出来損ないの盆栽みてえだったもんなあ。ま、食ったけどね。そう、そんで彼女が俺の部屋をトントン、俺が中から、『誰ですかー?』『あたしどぇーす、ご飯一緒に食べましょうよ』かなんか言うよ、きっと。『おう、お前か?』『そう、あたし。あっちこっちで女作ってるから、声じゃ誰かわかんないんでしょ?』『そんな事無いやな。俺にはいつもお前だけだよ』『あら、嬉しい。でも皆にそんな事言ってんでしょ、クヤシーッ!』ってんで俺のほっぺたギューッ。」
「いたたたたた、何すんですか。」
「おっ、人がいたのか、ごめんごめん。」
「大丈夫ですか?目え真っ赤にしちゃって。なんかニタニタしてると思ったら急に私をつねったりして。ほら、道行く人が大きく迂回してますよ。」
「ああ、ごめんごめん。何でもないよ。」
「そうですか?ま、身体だけは大事にして下さい。」
「うーん、何にせよ、いい女だなあ。でもしょーがねー、あそこに人入れる訳にはいかないもんな。」

「ごめんくださーい。お部屋の事聞きにきましたー。誰かいますかー、ねえ、いますかー?」
「なんだよ、イマスカイマスカって、俺は現像所じゃねえや。」
「あのー、現像所って?」
「まあ、いいから。で、何の御用です?」
「お部屋かりたくってえ、ここに行けば分かるっていうから来たんですけどォ、何が分かるんですかあ?」
「何がって、あんた、部屋借りたいんだろ?だったら、聞きたい事があるだろうに。」
「ああ、そうですね。そうだと思ったんですけど。」
「じゃ、いいじゃねえか。で?」
「ええっとお、部屋はどうなってるんですかあ?」
「部屋って…ああ間取りね。こことおんなじ、上がって見るかい?6畳とダイニング、バス・トイレ付。」
「へえ、結構いいですねえ。それで、ちんたなは?」
「へ?ちんぽこ?そりゃ、俺のでよければ…。」
「バッカじゃないのお?たなちん逆さにしてちんたなって言うのよ。古典落語を知らないの?」
「へえ、何だい、お嬢さん落語好きかい?口調までかわっちゃって。」
「いいじゃない、そんなこと。家賃はいくらかって聞いてるのよ。」
「ああ、家賃ね、ふっふっふ、家賃は月に五千円、とまあ決まってはいるけど、住んでくれるんだったらタダでもいいよ。」
「えー、やすーい。本当?すぐ借りようっと。ね、他に貸しちゃだめよ。ね、すぐ引っ越してくるから。キャー、やったー、ラッキー、サイコー、すっごーい、うれしー、にゃーにゃー、ね、決めたからねっ。」
「あの…、それはいいんですけど、これだけのアパートが五千円ですよ、何か変とは思いませんか?」
「出るんでしょ?」
「へっ。」
「おばけとかあ、幽霊とかあ。」
「ええ、まあ…。」
「面白いじゃない?友達にも自慢できるしィ。」
「何だかなあ。ま、後になってどうして先に言ってくれないかって、恨まれても困りますから、お話しますけどね、ま、長くなるし、ちょっと暗くなりますけど、扉を閉めてこちらの方へどうぞ。」
「あー、あたし引っ張りこんでヘンなことする気ね。声もひそめちゃって、キャー、痴漢よー。」
「こらこら、人聞きの悪い事を。ちゃんと話して聞かせようって言ってるんだから、あなたもちゃんと聞きなさい。(グッと声を凄ませて)今を去ること七年前の事。」
「なあに?猿の幽霊?」
「違う違う。今から七年前の事。」
「なあんだ、そうならそう言ってよ。猿だなんて言うからさ。ちゃんと日本語で話してね。」
「あの部屋には、二十七、八の独身女性が住んでいたんですよ。そう、あなたのようにスタイルもいい美人でした。部屋の前には男が一晩中待っていたり、近所の男連中にも盛んに口説かれていましたが、身持ちが固く、部屋に男を引っ張りこむような事は一度もありませんでした。」
「おじさんも随分口説いたんでしょ?そんな顔してるもんね。あたしだって、おじさん部屋に入れたくないもん。」
「こらこら、そうやって茶々いれるんじゃないよ。するとある晩の事、そう今日のように蒸し暑い夏の夜、泥棒が入りました。このアパートは、見ての通りの二階建てだ。洗濯物なんかから女の一人暮らしと目を付けたんでしょう。窓から入って、通帳や何かを一通り盗みだし、ひょいと見ると、熱帯夜の蒸し暑さに布団を抜け出し肌も露な女の寝乱れ姿。ブスなら問題もなかったでしょうが、これがいい女だ。おまけに胸元が大きくはだけて乳首が覗いているという悩ましさ。思わず女にのしかかり…。」
「あー、おじさんがやったのね。キャー、痴漢!泥棒!」
「こらこら、そんな訳ないだろ。」
「ううん。詳しすぎるもん。犯人じゃなきゃどうしてそんなに細かくしってるのよっ。」
「やりにくいなあ、こいつ。現場を見てこうじゃあなかったかなっていう話だよ。」
「ふーん。で、どうしたの?女の人やられちゃったの?妊娠とか?あー、溜ってたからやらせたのかな?」
「若い娘が身を乗り出して、何て事を言うんだろうね。大体、俺は、こう、さがっていくような話をしてるのに、この人、乗り出してくるんだもんなあ。」
「いいから、それで?」
「…後ろから電話のコードで首を締め、手にしたナイフで何度も何度もメッタ刺し。最後には片目を繰り抜いて…」「ふーん。その泥棒ってかなり暗い生活してたのね。何だかかわいそう。」
「あのねえ、泥棒に同情してどうすんだよ。私達が行って見たら、長い黒髪を床一面に扇のように振り乱し、顔といい身体といい、どこも血が運河のように流れ出て、残る片目をカッと見開き天井を睨み付け、虚空をつかんで…」
「ねえ、おじさん。何、興奮してんの?大芝居しちゃって汗出てるよ。」
「何か疲れるなあ。で、それから部屋が空いて、何人も越しては来るんだけど、これが五日と居付かない。」
「わー、うまいうまい。」
「何?」
「しゃれでしょ?五日といつかないの。」
「いいから!…越してく人に聞いてみると、これが無理もない話。越してから一日、二日は何ともないが…」
「ねえ、そんな急に凄まないで。ね、もっと明るく、パーっと…」
「三日目の晩になると、昼のうちは賑やかだが、都心とはいえ夜が更けてくると、辺りはしいいん、となります。」
「そうね、昼は賑やかだし、夜は静よね。夜、うるさくしてると、すぐ文句言われるもん。うん、理屈にあってる。あなた、結構、頭いいのね。」
「話の腰を折るなよ。…昼のうちは」
「聞いたわよ、そこは。」
「夜が更けてくると」
「そこも聞いたから、さっさとしてよね。それでどこやらで打ち出すか寺の鐘がクモーンとか鳴るんでしょ、その後からどうぞ。」
「なんだかなあ、先言われてちゃしょうがねえや。…どこで鳴るのか風鈴の音が、ちりりいいぃぃん…」
「へえ、結構賑やかじゃない?そういうの好きっ。私、風鈴好きなのよ。ホラ歌舞伎町の風鈴屋台で万引きしたことだってあんのよ。」
「威張ることか。でね、六畳間の扉がひとりでに音もなく、すううっ、」
「へえ、便利じゃない?自動ドアみたい。」
「奥の闇の中に、ふっ、と光るものが見える。血腥い臭いがプンと漂って、かさかさ、となにやら揺れている様子、よく見ると、髪をおどろに振り乱し、左目あたりから血をしたたらせた女がすぅぅぅっ、と…」
「ふんふん、それで?」
「それでってねえ。寝ている人の顔を覗きこんで泣くんだよ。『悔しい、恨めしい』ってね。」
「いるのよねえ、そういう女。自分の不幸はみんな人のせいにして、泣けば何とかなるって思ってるの。」
「それから急に笑うんだよ。」
「いいじゃない?笑えりゃ大丈夫よ。精神病なら映画『おかえり』をよろしくって、これ言っとくと篠崎監督にご飯おごってもらえる。」
「寝ている人の顔を覗きこんで、『よく越してきてくださいました』というと、手に持っていた目の玉で…」
「キャー、キャーキャー!何すんのよっ。気安く人の顔さわんないでよっ、きゃあ、きゃあ。」
「なんだい、ありゃ。」
「おう、どうした。また財布落として行ったか?」
「駄目だ。ちっとも怖がらねえ。」
「でも、きゃあきゃあ言って飛び出してったよ。」
「ああ、俺、痴漢扱いされた。」
「何、てめえ、あの女に手出したな。」
「莫迦。しかし困った。あの女、越して来るぜ。」
と言ってる間に、女が引っ越して参りました。
「くそー、事情を話してせめて家賃だけでもちゃんと払って貰おう。」
「しょうがないな。」

「こんちは、こんちわ、んちわー。」
「だあれえ?んちわんちわって、あたしは不慣れな母親じゃないよお。」
「すみませんが、その、ちょっと…。」
てんで、訳を話しました所、その女が怒ったの怒らないのってどっちなんだ。
「作り話って、そんなのない、約束違反よお。」
「いえ、その、そんなに怒られても…。」
池さん、すっかりへどろもどろになって、ふいと相棒の方を向くと、何故か相棒、腰抜かして、泡吹いています。
「おい、こら、このバブルスター野郎!」
「あああ、ああああしし。」
「あしかのショーがどうした。俺は鴨川シーワールドじゃねえよ。しかし、あのマンボウが死んだのは残念。」
と、ひょいと女の方を見ると、これがフワフワ浮いております。
「ああああああんた。」
「なによお、せっかく、友達になれると思って喜んで越してきたのに、何にもでないじゃないのお。これでも幽霊って結構寂しいのよ、だから明るく明るくしようと勤めてんだからあ。ねえ、なんとかしてよ。」
「何とかっていわれても、その…、じゃ、他をあたってみる事にして、ここは引き払うということで…」
「やーよ、ここ気に入ったんだもん。」
「あの、じゃあ、せめて、家賃だけでも。」
「ええ?駄目よお。」
「どうして?」
「幽霊だけに、おあしがございません。」

「落とそうとしたな。馬鹿野郎、そんなんで落ちるかよ、大体、おあし、なんて今時誰もしらねえよ。」
「ええ?駄目ですかあ?じゃあ、おばけだけにオマケはつきません。」
「駄目だよそんなんじゃ。意味がわかんねえもん。」
「そんなこといったってえ。」
「ほらほら、何か無いか?」
「あっ、これ人情噺ってことにしましょうよ。」
「成る程、そうすりゃオチがいらねえ、ってバーカ。駄目に決まってるだろ?」
「じゃねじゃね、美人の幽霊でこれが本当の美人薄命。」
「作者も疲れてきてんな。」
「あ、じゃあこれ皆夢だったことにしてさあ、何か他の落語につないじゃうっていうのは、どお? ハッと目が覚めると、財布拾ったはずなのに、それが無くなってるとかさ。」
「芝浜やんの?これからまた延々書くの?」
「それもいいんじゃないの?長い事更新しなかったお詫びにさ。」
「高信太郎?」
「そういえば、本送ってくれるって言ったきりだぞ、あの野郎。」
「だから、オチはどうすればいいのよっ。」
「知らね、幽霊さんの担当だもん。」
「ちぇえい、うらめしやー。」
 ……お後がよろしいようで。