新作落語「出会いサイトへの道」

納富廉邦


女A「でね、幼稚園のクリスマス会でお遊戯があったのよ。ウチの子は「みにくいあひるの子」のカラス役だったのね。大体、幼稚園でみにくいアヒルの子をやるというのも教育上どうかと思うのね、あたし。カラスのセリフなんて『どうしてそんなに醜いの?』って言うのよ。幼稚園じゃ、それ流行っちゃって、『どうしてそんなにオバサンなの?』とか先生に言ったりしてるんだって。あたしなんて、知らない子に『どうしてそんなに叶姉妹なの?』って言われちゃったわよ」
男A「どうしてそんなにかなしばりなの?ですか」
女A「やあね、何言ってんのよ。でね、あたしが言いたいのはね、カラスって黒いじゃない。それでバックの幕も黒いでしょ。だから家の子がよく見えないのよ。忍者じゃないっていうのよね。最後に皆出てきて、白鳥になれて良かったねっていう歌を歌うんだけど、全然見えないのよ。みにくいアヒルが白鳥になって羽根つけて出てくるんだから、カラスだって真っ白にするくらいのこと考えつかないのらしら、最近の幼稚園って」
男A「はあ・・」
女A「ということで、いつものところで待ってるわね、じゃね」
主人公「おい」
男A「おおっ?(驚く)いつから居たんだよ、お前」
主人公「いつからじゃないよ、ずーっと待ってれば、えんえん長電話しやがって、しかも『いつものところで待ってるわね』って、デートの約束かよ」
男A「ああ、ちょっとな、って、何でお前知ってるんだよ」
主人公「電話聞いてたから」
男A「相手の話が何で聞こえるんだよ」
主人公「ふっふっふっ」
男A「不気味な野郎だなあ。盗聴器でも仕掛けてるんじゃないだろうな」
主人公「ふっふっふっ」
男A「仕掛けてるのかよ」
主人公「そんなことはどうでもいい。それより、何で、お前みたいな貧乏サラリーマンが、子持ち人妻と付き合ってるんだよ。何で、そんなことが出来るんだよ。俺とお前は、彼女いない歴世界記録更新中の生涯のライバルじゃなかったのか。見損なったぞ、俺は。あのお互いを高めあい、磨きあい、どんな状況ででも女に縁がなくなるように修業してきた、あの苦労は何だったんだ。もうお前は、ライバルでも何でもない、お前は、お前は、お前は・・」
男A「おい、そんな怒るなよ、悪かったよ親友のお前に内緒にしてたことは。でも、つい最近だぜ、あの人妻と知りあったのは」
主人公「お前は、お前は、俺の師匠だー」
男A「・・・・」
主人公「ということで紹介してくれ、女。師匠といえば親も同然、弟子といえば子も同然。師匠の女は弟子のお母さん、お母さんなら、オッパイの一つも吸わせろってんだよ、この野郎。すぐ紹介しろ、すぐヤらせろ、おい」
男A「いや、そんな、俺だって急にモテるようになったとか、そんなんじゃないから」
主人公「じゃあ、何なんだ、何があった、何がどうしてそうなった、キリキリ白状、しやがれい」
男A「これだよ」
主人公「これって、ケータイ電話じゃねえか。あ、もしや、それは伝説の『幸福を呼ぶケータイ』だな。一週間でバストが10センチも大きくなるとかいう」
男A「何だよ、それは、違うよ、コレを使って・・」
主人公「何?ケータイを使って・・・最近のケータイは何でもブルブル震えたりするらしい・・はっ、それはいくらなんでも落語的にマズくないか。ダメだろうお前」
男A「何考えてんだよ、そんなことしたらケータイ壊れちゃうだろ。『出会いサイト』だよ」
主人公「出会いたいと? そりゃ、俺だって出会いたいぞ、って、シツコイね俺ね。どうもね。それで俺モテないんだな。そうか、出会いサイトか」
男A「何か、出会いサイトの勧誘メールがいっぱい来るから、ちょっと試しに使ってみたんだよ。そしたら、あの人妻と知りあっちゃって」
主人公「分かった、よーく分かった。出会いサイトだな、よし、じゃあ、その幸福のケータイは、俺がもらって行くぞ」
男A「おい、待てよ、ダメだよ、何すんだよ、持ってっちゃダメだよ。お前、ケータイ持ってないのか?」
主人公「幸福のケータイは持ってないぞ」
男A「ケータイなら、何でもいいんだよ」
主人公「俺のはダメだと思うぞ。不幸のケータイだから」
男A「見せてみろよ。(受け取って)これか、普通のケータイじゃん」
主人公「一見、普通に見えるが実は違う。どんな電話もシャットアウトするという不幸のケータイなのだ」
男A「不幸って、お前・・おっ、これ中身が空じゃないか」
主人公「そうだ。ケータイ持ってないとバカにされると思って、ヨドバシカメラでワゴンに山積みされていた100円均一で買った、中身の無いケータイだ、恐れ入ったか」
男A「これ、あれだろ、店先に飾っとく奴。『お子様のお土産に』とかいって売ってることもある」」
主人公「そうだ、そんなもの、お前にくれてやる、俺は今から幸福のケータイ買いにいくから忙しいんだ、あばよっ」


主人公「また、いっぱいあるなケータイ。お、これは、あいつが持ってた奴に似てるな。これにするか。いや、あいつのは、人妻、しかも子持ちを呼ぶケータイだからダメだ。俺は、こう、セクシーギャルが呼べる奴を選ばねばな。お、この二つ折りの奴なんて、いいかもな。パカパカって、色っぽいじゃないか」
女店員「どのようなものをお探しですか?」
主人公「え? あ、えーと、幸福・・」
女店員「はい?」
主人公「こう、服に合ってる奴というか」
女店員「ドコモ、au、Jフォンとかありますけど、どこかお決めになったところはございますか?」
主人公「いや、その、であ・・」
女店員「はい?」
主人公「であ・・であ・・」
女店員「cdmaOneですか?」
主人公「いえ、その、であ・・すみません、ちょっと一人で考えさせてください」
女店員「あ、はい、では、何かございましたら、何なりとお尋ね下さいね」


主人公「ふう、出会いサイト出来るやつ下さいっていうのは、言いにくいな。でも、買った後で、出会いサイト出来なかったら意味ないしなあ。どっかに書いてないのか? 『出会いサイトに最適!』とか、『これさえあれば出会い放題』とか、『ねえ、あなた早く来て』とか、『30分5000円ポッキリ』とか、そういうの書いてくれるがいいじゃないか。でも、こうしててもしょうがない。ここは一つ、男らしく、ビシっと『出会いサイトが出来るやつはどれですか』って言うしかないな。よし、行くぞ」
主人公「あの」
女店員「はい、何でしょう」
主人公「う、可愛いじゃないか、この店員。もう、俺は出会ってるんじゃないのか。ここでお茶にでも誘った方がいいような気がするぞ。いや、しかし・・」
女店員「お決まりですか?」
主人公「であ・・であ・・」
師匠「出会いサイトが出来るケータイは、これじゃ」
主人公「あ、これですか。どうもわざわざ有り難うございます、って、おい、何だよ、あんた。何が出会いサイトだ。俺が、出会いサイトが出来るケータイを探していたっていう証拠はあるのか、おい、ほら、あの可愛い店員さん笑ってるよ、おい、あんた」
師匠「違うというのか?」
主人公「違うに決まってるだろ。だいたい、あんた誰なんだ」
師匠「ワシか、ワシのことなら、師匠とでも呼んでくれ」
主人公「落語家さんですか?」
師匠「ばか者! ワシが着物をきておるか、扇子を持っておるか。この迷彩服と、腰に巻いた27台のケータイが目に入らぬか」
主人公「軍人崩れのケータイ屋さんですか?」
師匠「ワシは、出会いサイトの達人、ラブチャット甘い誘惑あとはあなたの腕次第よ流家元出会斎藤十郎じゃ」
主人公「だから、俺は出会いサイトに用は無いって言ってるだろ」
師匠「ふふふ、そうかな。では、この出会いサイトに最適なケータイと、この出合いサイトが出来ないケータイ。貴様、どちらかをワシの目の前で買ってみろ」
主人公「う」
師匠「こっちでいいのじゃな。お前は出会いサイトに用はないのじゃからな。お姉さん、このお方が、こちらのケータイを・・」
主人公「参りました!」
師匠「分かればいいのじゃ。では、ワシが手続きにも付きあってしんぜよう。初心者には難しいからな」
主人公「師匠!」


師匠「よしよし、これで、今日から、お前も出会い放題じゃぞ」
主人公(ケータイを受け取りながら)「何から何まで、有り難うございました」
師匠「ホレ、ワシのケータイの番号とメルアドを入れておいてやったぞ。何か、困ったことがあれば、そこに連絡するのじゃ。では、また会う日まで、さらばじゃ」
主人公「師匠ーっ。ああ、行っちゃったよ。何だろうね、あの人。まあ、そんなことより出合いサイトだな。えーと、出合いサイトは(マニュアルを読む)・・。おい、書いてないぞ、出合いサイトのやり方って、どこにも無いぞ。これ不良品じゃないのか。あのジジイに騙されたか?クソー」
ケータイ「ピンピロリ」
主人公「お? なんだ、ケータイが何か言いやがったぞ。なになに『メールが届いています 1通』。おお、もしや、早くも誰かと出会えるのか。これが出会いサイトに最適なケータイの底力か・・・。とにかく読んでみよう。なになに、『出会いサイトからの勧誘メールを気長に待つべし 師匠』って、あのジジイからかよ。でも、勧誘メールがどうとかって、あの子持ち人妻男も言ってたような気がするな。待てばいいんだな、待てば」
ケータイ「ピンピロリ」
主人公「おお! 来たか。『出会いサイトには金がかかるが、銭金を惜しんではならぬぞ 師匠』って、またか。まあ、教えてくれるんだから親切なんだろうけど、せっかくメールが来ても、あんなジジイからかと思うと萎えるなあ」
ケータイ「ピンピロリ」
主人公「おっ、今度こそ。『犯されたい・犯してあげるあなたを』。おおっ、これは。『そんなビデオです』って、おい、ビデオかよ。でも、ビデオが見られるのかな。ここを押すといいんだな、ポチっと。何だ何だ、『あなたは18歳以上ですか?』だァ、そんなの聞いてどうすんだろうな。もし俺が18歳未満で、でも18歳以上ですって押したからって、バレたりすんのか? どっかで見張ってるってか。そんなのいいから、ビデオをみせるがいいじゃねえか」
(しばらくボタンを操作)
主人公「おお、おおおおお、おんなの裸の写真だ。おお、これも、おお、すげえ」
ケータイ「ピンピロリ」
主人公「何だよ、邪魔すんじゃねえよ。うん?メールか。うーん、こっちの裸の写真も気になるけど、メールも気になるなあ。うーん、あ?『この続きはビデオを買ってね。3本で9800円よ』って、これ通販かよ。くそー、メール見よう。『ビデオ通販の勧誘メールは、出会いサイトでは無いぞ。裸の写真にうつつを抜かしているようでは、まだまだ未熟者じゃ、喝ーっ! 師匠』。またかよ。でも、何で、俺が裸の写真を見ていたのが分かったんだろう。怪しい奴だな」
師匠「それは、ワシが、ここでずーっと見ていたからじゃ」
主人公「おおっ?」
師匠「しかし、お前は、なかなか見どころがあるぞ。ハチ公前で堂々とケータイで裸の写真を見て大声上げているとはの」
主人公「見どころありますか?」
師匠「うむ、あるぞ。ところで、まだ勧誘メールは来ないのかな。さっきから、ピンピロリン、と、ラブチャット甘い誘惑あとはあなたの腕次第よ流公式着メロが鳴っておるようだが」
主人公「これ、公式着メロかよ。何で、買ったばかりのケータイに、そんなけったいな着メロが入ってるんだ?」
師匠「それは、ワシが入れておいたからに決まっておろうが」
主人公「くそお、どうりで間抜けな音だと思った」
ケータイ「ピンピロリン」
師匠「ほれ、また来たようじゃぞ」
主人公「言われなくても分かってますよ。えーと『女性殺到の出逢いホームページ情報です。なぜ女性が殺到するか。それは内容が超過激なのに、ページがとてもソフトでオシャレだからです。もともと、このホームページはセンスのよい女性をターゲットにしているとか・・。でも、女性殺到の出逢いサイトということは、男性にとっては宝の山、ということでは・・』 おお、凄いじゃないか。宝の山だって。ここだ、ここにすぐアクセク」
師匠「バカモノ、アクセクではない、アクセスじゃ。しかも、そこはダメじゃ、ハズレじゃ、ゴミの山じゃ」
主人公「何でだよ」
師匠「よく読んでみろ。センスの良い女性が殺到って、お前、そういうとこに殺到する女がセンスが良いと思うか? せいぜい、扇子もって頭ペチペチやるような女しかおらんわい。しかも『内容は超過激』とくる。出逢いサイトの内容というのは、そこに来て、出会いたいと思っている女性が自分で書いたメッセージのことじゃ。ソフトでオシャレだからといってやってきた女が、超過激なことを書くか? そんなものを書く女が、オシャレなサイトを選ぶわけがないじゃろうが」
主人公「う、深い。さすがは師匠でございますね。では、これなんてどうでしょう。『あなたのメッセージ待ってるわ(ハートマーク)』。これなんか、シンプルでよさそうじゃないですか。待ってるわ(ハート)なんて、もう、俺、待たれてるんだから行かなきゃ」
師匠「バカか、お前は。これなら、まださっきのサイトの方がましじゃ。こんなに短いメールを送るというのは、経営者が手を抜いておる証拠じゃ。楽して儲けたいという不埒な輩が、流行りに乗じて出逢いサイトを始めたというだけの、最低のサイトじゃ。ワシも若い頃は、随分、こういうサイトにひどい目にあったものじゃ。見ろ、この肩の傷は、そんなサイテーサイトと戦ったときに受けた名誉の負傷の跡じゃ」
主人公「若い頃って、師匠はいつから出会いサイトをやっておられるんですか?」
師匠「出会いサイト一筋60年。つまり18歳の頃からやっとる。戦時中も、防空壕でよく待ち合わせしておったものじゃ。思い出すのう、『B29の下で会いましょう』が、当時のワシらの合言葉じゃった。マサミさんと会った築地本願寺の防空壕は、今でもワシの青春のメモリアルじゃ」
主人公「そういうホラをずーっと喋ってて楽しいですか?」
師匠「そういうことを言うな。ワシにそういうことを言って、一生、出会えなくなってしまった若者は数多いのじゃからな。ワシの出会えなくなるぞよの呪いを受けたいか? ホレ、この不幸のプリクラを、お前のケータイに貼ってやるぞ」
主人公「おいおい、って、何だよ、こんなもの貼りやがって、この師匠の横でVサインしてるの誰なんですか? 人間ですか?」
師匠「この女こそ、地上最後のヤマンバギャルじゃ。絶滅しかけておったのを、ワシが助けてやったのじゃ」
主人公「いいとこあるじゃないですか?やっぱり、この女の子とも出会いサイトで知りあったのですか?」
師匠「バカモノ! 出会いサイトにヤマンバはおらん」
主人公「何故です?」
師匠「やつらは、文字の読み書きができんのじゃ」
主人公「そうかあ、何だか納得出来ます」
師匠「絶滅したのも当然かのう」
師匠のケータイ「(ワルキューレの騎行の着メロ)」
師匠「お、呼び出しじゃ。ワシは行かねば」


主人公「何だろうなあ、また行っちゃったよ。とにかく、俺も出会わないとな。『あなたのための出会い系サイトです』。よし、これにしよう。あなたのため、ということは、俺のためってことだしな」
主人公「まずは、自己紹介のメッセージか。よし『出会おう、俺と』。こんなもんでいいかな。いや、短いと手抜きだと思われてはいかんな。『出会いたいなら、俺んとこに来い、俺も出会いたいから心配するな。身長180センチ、年収1500万』っと、こんなのはどうかな。結構、ナイスなんじゃないのか?」
主人公「メールが来るまで、しばらく時間がありそうだな。女の子のメッセージを読んでみるか。『寂しいです。誰か、わたしとお話してください レイチェル』。お?外人か。寂しいのか、よしよし、俺が慰めてやろう。えーと『寂しかったら、空をごらん。そこにある雲が、俺だよ。糸を吐く蜘蛛じゃないから間違えないように。あらあらかしこ』と、おお、このひねったユーモアが、女心を捉えるに違いない。出会えたな」
ケータイ「ピンピロリン」
主人公「おお、来たか。どれどれ『すぐに会いに来てください。赤いセーターと黒のミニスカートで待ってます。 マユミ』。おお!待ってますって、もう出会えるのか。マユミ、待ってろよー。って、これ、待ちあわせ場所が書いてないじゃん。返事出さなきゃ。『すぐに行くから、待ち合わせ場所を教えて』と、これでいいかな。お、さっきのレイチェルからも返事が来てるじゃねえか。『オウ、オウマイダーリン、すぐに来て、わたしをメチャメチャにしてくださーい。ロイクーの下着を着けて待っていまーす 敬具』。おお?流石外人さんは情熱的だなあ。よし、こっちにしよう。あ、でも、これも待ちあわせ場所が書いてないぞ。あ、返事がまだだからかな。よし、これにも返事を書いてと、そうだ、こっちから待ち合わせ場所を指定しておこう。『歌舞伎町のホテルミクニの前で』と。ちょっと露骨かなあ。でも情熱的な外人には情熱で応えないとな。日本男児代表として。ウタマロだからな」
ケータイ「ピンピロリン」
主人公「お、返事か。マユミちゃんからだな。よしよし『お返事、ありがとう。待ち合わせ場所は、ヒ・ミ・ツ(ハート)。うーん、可愛いなあ、って、ヒミツじゃ会えないだろう。どうなってんだ、この出会いサイトは。レイチェルからも返事が来たぞ。『その場所では、わたしの魅力をお見せすることができませーん。はやく、来て、こっちに来るよろし』って、こっちって、どこだよ、このフランス系中国人は美人が多いって言うからなあ。会いたいなあ。どうすればいいんだ。あ、そうだ、こういう時こそ、師匠に聞いてみよう。師匠のケータイ番号は、と、これこれ」
ケータイ「トゥルルルル、ガチャ」
主人公「師匠、師匠ですか?」
師匠「わざわざ電話せんでも、ここにおる」
主人公「うわっ、ビックリした。何で、また、こんなとこに。いや、それはいいんですよ。これこれ、ここの出会いサイト、会いたい会いたいって言うだけで、待ち合わせ場所を教えてくれないんですよ」
師匠「どれどれ、見せてみろ。おお、これはダメじゃ。焦るから、こういうのに騙されるのじゃ」
主人公「え? 騙されてるんですか。あ、これが、あの出会いサイトに多いというサクラって奴ですか?」
師匠「違う。この勧誘メールをよく見ることじゃ。ほれ、『出会い系』と書いてあるじゃろう。これは、出会いサイトのようなサイトという意味での。出会いサイトに似ているが、あくまでも『系』。つまり、出会いサイトのような雰囲気を味わえるサイトなのじゃ」
主人公「そんなのもあるんですか?」
師匠「この世界は奥が深いのじゃ。精進するのじゃな。フォッフォッフォッ」


 と、そういうことがありまして、この男は、師匠の元で修業することになりました。
師匠「ダメじゃ、もっと速く」
主人公「ハイ(と言いつつ、ケータイに文字を打つ)『アメンボアカイナアイウエオ』」
師匠「まだまだじゃ。次はこれじゃ」
主人公「ハイ(と言いつつ、ケータイをポケットから素早くとりだす練習)」
師匠「そんなことでは、良い出会いは不可能じゃぞ」
主人公「ハイ(と言いつつ、ケータイのアンテナを素早く伸ばしたり縮めたりする練習)。あっ、アンテナが折れた」
師匠「まだまだじゃ。アンテナを素早く伸ばせないと、メール受信中に切れてしまうことがあるのじゃ。そうやって、出会いを逃して泣いている負け犬は数知れん。ほれ、ワシのこの『ピラミッドパワーで未知の力を呼び起こす光るアンテナ』をやろう」
主人公「はっ、かたじけない」
師匠「よし、もうお前に教えることは何もない。あとは、出会いサイトの荒波に揉まれて、お前自身が悟るのじゃ。行け」
主人公「はいっ」


主人公「よし、アポも取った。ついに、出会える日が来たんだな。長く、ツライ道のりだった。しかし、相手のユーコちゃんとは、もう、何十通とメールのやり取りをしたし、かなり際どい話も出来た。ショーコちゃん、結構積極的みたいだし。そろそろ時間だな」
女「・・・さんですか?」
主人公「ハイ(振り向く)、うわっ、師匠!何してんですか」
師匠「それは、こっちのセリフじゃ。まさか、ビューティージョーというのは、お前のことか。どこが、身長180センチじゃ、誰が、元ジャニーズ事務所でキムタクの同期じゃ、この大うそつきがっ。ワシは、そんな男に育てた覚えはないぞ」
主人公「すると、師匠がショーコさん。師匠の正体は、ネットオカマだったんですか?」
師匠「ネットオカマ? 失礼なことを言うな」
主人公「だって・・」
師匠「ワシは女じゃ」
主人公「へ?」
師匠「いつ、ワシが男だと言った。録音を聞き返してもいいぞ。お前が、勝手にじいさんと思っただけじゃろう」
主人公「でも、確か『出会斎藤十郎』って」
師匠「それは、家元としての名前。踊りの藤間勘十郎だって女じゃろうが」
主人公「うわー(泣く)。一生懸命メール打って、やっと会えると思ったのに、それが、こんなジジイみたいなババアだったなんて、そんなの、あんまりじゃないですか」
師匠「メールの内容はウソだらけじゃったがの」
主人公「そんなの、会いたいという情熱の現れですよ、若さゆえの暴走ですよ」
師匠「お前、いくつじゃったかな」
主人公「31ですよ、大きなお世話ですよ」
ケータイ「ピンピロリン」
師匠「ほれ、メールが来たようじゃぞ」
主人公「もう、いいですよ。僕には、もう一生女の子との出会いは無いんです。だいたい、出会いサイトなんて大それたものに手を出した僕がバカだったんです。もういいです。残された人生を、世間の片隅で一人っきりでひっそりと生きて行くんです」
師匠「まあ、そう言うな。お前はまだ若い」
主人公「もう、35です」
師匠「さっきの31はウソか? ほら、もう泣くな。この呪いのプリクラを剥がして、呪いを解いてやるから」
主人公「ゲッ、ヤマンバ。まだ貼ってあったのか。気がつかなかった。どこにそんなものを」
師匠「電池ケースの裏じゃ」
主人公「そうか、そのせいだな。くそお、このクシジジイイ、違ったウンコババア、お前なんか、こうだ(ポカポカ)」
師匠「なんと、乱暴な。また、プリクラ貼ってやろうか」
主人公「う、それだけはご勘弁を。師匠、尊敬してますから」
師匠「もういいわい。それより、早くメールを」
主人公「おお、そうだった。メール見ないと。『ビューティージョー様、あなたのメッセージを見て、メールしました。あなたこそ、わたしが探していた人です。ぜひ、会ってください、お願いします。浅草の出会い茶屋で待っています。ビューティーシラユキ』」
師匠「お前と、気が合いそうな女子(おなご)じゃないか。お前が、ビューティージョーで、相手がビューティーシラユキ。ビューティーペアじゃな。ふぉぅふぉっふぉっ」
主人公「ふん、またどうせ上手くいかないんだ。だいたい出会い茶屋って何だよ。今どき、そんなもんがあるのか?」
師匠「浅草にはあるのじゃ」
主人公「良く知ってるな、そんなこと。さては、このメールもお前だな」
師匠「何を言うのじゃ、ずっとお前と一緒におったじゃないか。まあ、そんなに心配なら、ちょっとケータイを貸してみろ、ワシが調べてやる。(ケータイを受け取って)何々、このサイトはと、おお、ここは、あの幻と言われた『出会える確率100パーセント』の出会いサイトではないか。よく、このアドレスが分かったのお」
主人公「え、そんな凄いとこなんですか。確かに、勧誘メールには『出会える確率100パーセント』って書いてあったけど。そんなのいつものあおり文句じゃないですか」
師匠「ここは違うのじゃ、特別なのじゃ。何せ、かつてのNHKラジオ『尋ね人』のコーナーを作っていたスタッフが起ち上げた事業じゃとも言われておる。一年に一ヶ月、このクリスマスの頃だけに現れるという幻の出会いサイトなのじゃ」
主人公「では、このメールはホンモノ」
師匠「ついに、お前もワシの元を離れ、独立する時が来たようじゃの。記念に、この呪いのプリクラを貼っていけ」
主人公「それは、遠慮します。では、師匠、おさらばでござりまする」


主人公「このへんにあるはずなんだけどな、出会い茶屋。お、何か書いてある、『居酒屋出会い茶屋』。居酒屋かい。やるき茶屋の親戚かなんかか。まあ、いい。シラユキさんは、どこかなあっと。お、あれか。顔を伏せてるからよく分かんないな」
女「ビューティージョーさんですか?」
(女、顔を上げる)
主人公「あっ・・・」
女「まあ」
見つめあう目と目。
主人公「あなたは、蒸発していたお母さん!」
女「息子ーっ」
主人公「流石、出会う確率100パーセントの出会いサイトだ」


終わり。


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