カメ・クリスマス・流れ者の三題噺

新作落語「ケーキ屋危機一髪」

納富廉邦



父「おい、どうだ、このケーキ」
息子「何?これ」
父「今年のクリスマスに出す新作ケーキ。名付けて『ご長寿祈願カメケーキ』だ。ほら、一見、普通のクリスマスケーキだろ、ところが、ここを押すと」
ギー・ガシャッガシャッ
父「ほら、ケーキの横から、両手両足、頭も飛び出す仕掛けだ。このカメの頭がライチになってるあたり、リアルでいいだろ」
息子「お父さん、こういうの作ってて楽しい?味に自信が無いからって、仕掛けとか見た目で驚かそうっていう発想が、もうダメだと思うんだ、僕。大体、どうしてクリスマスにカメなんだよ。こんな、紅白の紐みたいのまで付けて、これじゃ、お正月ケーキだろ」
父「お前、小学生のくせに言うことがキツイね。そうだよ、お父さんは、味に自信がないよ。一生懸命作っても、どこにでもあるようなケーキしか作れないよ。ウチの店の人気商品は、お母さんが考えた『バナナケーキ』と、お父さん苦心の大傑作『若鶏の唐揚げパイ』だけだよ」
息子「『唐揚げパイ』売れないじゃないか。大体、あれケーキじゃないよ」
父「ばか者。あれは、マニアには人気で毎日買いに来るお客さんだっているんだぞ。150円で胃もたれするほど満腹になるって貧乏学生に大人気だ」
息子「ケーキ屋が、そういうこと言われて喜ぶなよ」
父「何を言うか。お前だって毎日アレ食べてるおかげで、学校では鉄の胃、アイアンストマックと呼ばれて恐れられてるらしいじゃないか。生徒全員が給食のレバニラ炒めで食中毒になった時に、たった一人だけ無事だったのも、『唐揚げパイ』のおかげだぞ」
息子「だから嬉しくないって。お父さんが、そんなだから、お母さん出ていっちゃったんじゃないか。何だよ、こんなカメケーキ、お父さんなんて嫌いだー」
(息子、カメケーキを蹴飛ばして走り去る)

父「おい、お前、食べ物になんてことを」
ガチャガチャッガチャッ
父「お?カメケーキの手足が引っ込んだ。そうか、ここに衝撃を加えると、ここのバネが働いて引っ込む動作も出来るようになるわけだ。うーん、もう少し改造してみようかな。いや、いかん。考えてみれば、あいつの言う通りだな。大体、ケーキの中にバネが入ってるってのは、やっぱり驚くよなあ。いや、その驚きが魅力だと思ったんだけど、確かに、言われてみると、これはケーキじゃねえよなあ。言われてみるまで気がつかないあたりが、自分でも不思議だが。ああ、こんなとこまでクリームが飛んじゃって、(指ですくって舐めてみて)うーん、懐かしい味だなあ。俺が子供の頃って、クリームは、こういう油っぽい味がしたもんだよなあ。カメの動作の時にクリームが飛ばないように、バタークリームにしたのは、やっぱ失敗だったかなあ。大体、味より動作を優先させた段階で、もうおかしいことに気がつかなきゃダメだな。こんな、ライチでリアルにカメの頭作ってどうしようってんだろうなあ、俺。なまじ手先は器用だから、作業に溺れちゃうんだよなあ。本末転倒って言うんだっけ? 昔から、よく学校の先生とかに言われたもんだよなあ。『松嶋君は、技術があるけど面白くない』って。それで、一生懸命、面白くしようと思って作ったのがカメケーキだったんだけどなあ。まあ、ケーキが面白くてもしょうがないか」
お父さん、ぼやいておりますと、店の方で物音が。
ガタッ、ガタッ
父「おう、ひろし、帰ってきたのか?」
ガタッ、ガシャガシャガチャン!
父「なんだよう。誰かシャッターにいたずらしてんじゃねえだろうな」
(父、店に出てシャッターを開ける)
父「おおっ、なんだなんだ、人が倒れてるよ。おい、大丈夫か? おい」
行き倒れ「これを・・」
父「おい、すぐ救急車呼ぶからな、待ってろよ。おい、しっかりしろよ」
救急車が来て、行き倒れを運んでいきます。

父「ああ、ビックリした。何で家の前で倒れるかなあ。ん?これは。あ、あの野郎が『これを・・』とか、何かドラマみたいにして渡しやがった紙か。何々、『ケーキの鬼の伝説』って、何だ、これは。山奥にいる伝説のケーキ職人が、レシピを隠した場所の地図だあ? ん?何か書いてあるな。これ血だよ。あいつが倒れる前に書いたのか?まだ乾いてないよ。気持ち悪いなあ。何々、『私は失敗した。せめて、この地図を、心あるケーキ職人に』」
父「・・・」
父「俺は、ケーキ職人だな。心もあるぞ。それはあるよな、人間だもの。カメケーキじゃないもの」
カメケーキ「ガチャッガシャッ、シャキーン」
父「おおっ、ビックリさせんなよ、このカメ。動いてるんじゃねえよ。機械のくせに」
カメケーキ「ワタシハキカイジャナイ、ケーキダ」
父「おお、そうだったな。ケーキだよな。作った俺が間違えちゃいけないいよな」
カメケーキ「ワカレバイイノダ」
父「って、腹話術やってカメと遊んでる場合じゃないな。要するに、あれだろ?この地図のところに、ケーキのレシピが隠されてるんだろ。よし、探しに行こう」

定食屋の親父「おう、ひろ坊、旨かったか?」
息子「美味しかった。いつもありがとう、おじさん」
定食屋「礼を言うことはないよ。いつも残り物で悪いね」
息子「いいんだ、僕、アイアンストマックだから」
定食屋「ははは。でも、本当に内蔵強いな。松嶋のケーキで鍛えてるだけのことはあるわ。でも、今日も、おやじさんは帰って来ねえのか?」
息子「うん、山へ行くって書き置きがあって、それっきり、もう三日になる」
定食屋「店も閉めてるんだろ。まあ、飯は家で食えばいいからいいけど、ひろ坊、大丈夫か?」
息子「大丈夫だよ。学校行けば給食もあるし。でも、もうすぐ二学期も終わるし、クリスマスとかお正月も一人だと、ちょっとヤだなあ」
定食屋「お隣のよしみだ、何かあったら、すぐおじさんに相談するんだぞ」
息子「うん、分かった。じゃ、おじさん、またね」
定食屋「健気だねえ」

流れ者風の人物が、定食屋のオヤジにメモを渡す
定食屋「ん? あの子の親はどうしたのかって? 何で、わざわざメモ渡すの、あんた。喋れないのか?」
流れ者、口の前で×印
定食屋「ふーん、でもあんた、背中にギターしょってるし、流しなんだろ。喋れねえで商売になるのかい?」
流れ者、ギターを弾く。
定食屋「上手いもんだねえ。そうか、ギターだけで流すんだね」
流れ者、ギターを弾く
定食屋「お、そのメロディーは、チャゲ&飛鳥の『セイ・イエス』。なるほどねえ、トンチが効いてるね。おう、そうそう、ひろ坊のことだったな。そうなんだよ、そう、隣のケーキ屋の息子。まだ小学校の三年生だってのに、しっかりしててね。亭主に愛想つかして、おかみさんが出ていった後も、親父を助けてケーキ屋手伝ったりしてたんだけどね、その親父まで行方不明になっちまって、今は一人なんだよ。でも、ああやって明るくてね、健気なもんじゃないか」
流れ者ギターを弾く
定食屋「お、館ひろしの『泣かないで』。いや、泣いちゃいねえよ、泣いてねえってばよお、おうおうおう」
流れ者、ギターを弾く。
定食屋「ん?曲が変わったね。ブルース・スプリングスティーンの『ハングリー・ハート』。え?違う。ああ、佐野元春の『サムデイ』か。イントロ、同じなんだよな。パクりだから。ああ、そうだなあ、いつか、帰って来るよな、親父もおかみさんも」

父「おおおおお、ふう、危ねえ。おい、大丈夫かい、パテスリー桃源郷さん」
職人1「大丈夫です。ありがとうございます。危うく、大石の下敷きになるところだった。とっさに、石と棒でつっかえ棒を作って石を止めるなんて、中々出来ることじゃないですよ。有り難うございます、ケーキの松嶋さん」
父「いいってことよ。苦しいときはお互い様じゃねえか」
職人1「でも、私たちは、一つのレシピを取りあう、言わば敵同士じゃないですか。現に、職人同士での諍いが絶えないし」
父「まあ、そりゃそうだけど、目の前で死にそうになってる人がいたら助けないわけにはいかないだろう。まったく、ハリウッド映画じゃあるまいし、何で、あんな大石が転がって来るかなあ。何なんだ、ケーキの鬼って、どんな奴なんだ」
職人1「それはそれは独創的で美味しいケーキを作る人だったらしいですよ。でも、職人気質の変わり者で、70歳の誕生日に、レシピと共に消えたらしいんですよね。自分のケーキを継げる職人なら、必ずレシピを見つけ出せるだずだ、と言い残して」
父「で、この罠だらけの山を作ったのか?名人ってのは、よく分かんないな。俺に、この地図を渡した野郎も、瀕死の状態だったしなあ。職人って、何か違う職人じゃないのか?忍者屋敷作りの名人とか、どっかのゲリラの中で『地雷職人』とか言われてたとか、それこそハリウッドの特撮職人とか。ケーキ屋が考えることじゃねえぞ、これ」
職人1「でも、世の中には、色んな職人がいますからね。この山のふもとの町には、『若鶏の唐揚げパイ』ってのを売ってるケーキ屋もあるそうですから」
父「悪かったな」
職人1「何か、悪いこと言いました?」
父「いや、何でもない。あ、危ない」
ひゅるひゅるひゅる、っと音を立てて、何かが飛んできたかと思うと、ドカンと爆発します。「ギャー」とどこからか悲鳴も聞こえます。
父「何だってんだ、これはよお」
職人1「わたしは、もうダメです。ケーキの松嶋さん、先に行ってください」
父「お、お前、なんでまた、急にそんなケガを」
職人1「ヒュルヒュルって音がした時に、つい、何だろうと思って、起ち上がっちゃったんですよ。私の師匠は、ケーキ職人は好奇心を持つことが大事だ、それが感性を磨くんだって、いつも言ってたんです。それで、つい好奇心で」
父「そうか、師匠に教えられたことは、知らずしらずに身に付いちゃってるもんだもんなあ。でも、悪いことは言わねえ、これからは、銃声とか、ああいう音を聞いたら、伏せるようにしろよ。っていうか普通伏せるぞ」
職人1「平和ボケでしょうか?」
父「いや、そういうのも大事なんだろうよ。きっと、パテスリー桃源郷さんのケーキ、旨いんだろうな。生きて帰れたら、きっと食べに行くよ」
職人1「私も、きっとケーキの松嶋さんのケーキ、食べに行きますから、究極のレシピ、手に入れて下さいね」
父「おう、そん時は、来てくれ。でも、もしレシピを手に入れられなかったら、絶対、来なくていいからな。来たら、カメケーキ食らわすぞ」
職人1「カメケーキ?」
父「気にするな。じゃあ、俺は行く」
職人1「ご無事で、ガクッ」
父「ガクってお前、元気だったじゃねえか、今まで。まあ、いいや、先に行くぜ」

その後も、様々なトラップを、持ち前の器用さで切り抜け、ついに、地図に書かれた目的の場所にたどり着きました。
父「このあばら屋にレシピがあるのか。お、何をする」
いきなり後ろから羽交い締めにされ、まゆ毛をカミソリで剃り落とされる松嶋。
父「ああ、まゆ毛、片方剃りやがって」
老師「ふははは、なんというマヌケな顔じゃ。それでは、恥ずかしくて山を下りることも出来まい。ケーキのために、そこまでする。バカよ。ケーキバカよ」
父「って、あんたがやったんでしょう」
老師「喝! お前は、ワシのレシピが欲しくて来たのであろう。あんな地図を見て、この山に来て、バカほどのトラップをくぐり抜けて、ここにたどり着いた。それをケーキバカと言わずして何という。ワシは、そんなケーキバカを待っておったのじゃ」
父「待っていたって、じゃあ、あなたがケーキの鬼」
老師「そうじゃ、鬼じゃ、ワシはケーキの道を究めるため、四谷三丁目の四つ角で悪魔と契約したという伝説を持つ、ケーキのサンカクヤじゃ」
父「何だか、わかんない伝説ですね。でも、あなたが鬼なら話が早い。レシピ下さい」
老師「バカモノ、お前はまだ、レシピを受け継ぐ資格を得たに過ぎん。これから、ワシの元でみっちりと修業を積むのじゃ」
父「みっちりとって、どれくらいですか?」
老師「それは、お前次第。10年かかるか、50年かかるか」
父「失礼ですが、あなた、おいくつで」
老師「70で山に入って15年。もう、歳など忘れたわ」
父「85歳じゃないですか。こんな山の中で15年とか、よく数えてられますね。えーと、モーニング娘は、今、何人?」
老師「13人」
父「怪しいジジイだなあ。ともあれ、家では息子が一人で待ってるんです。もう、5日も帰ってないんだから、今すぐ、レシピ下さい。すぐ下さい、よこせよジジイ、もったい付けるんじゃねえよ、くれないと噛みつくぞ」
老師「イタタタタ、見かけによらず、乱暴な奴じゃのう。これ、噛みつくな」
父「ぐるるるるる」
老師「うなるな、ほれ、カメもこわがっとるじゃないか。山の生き物は大事にせい」
カメ「この人には、逆らわないほうがいいですよ」
老師「おお?カメが喋った」
カメ「さあ、早くレシピをよこしなさい」
鳥「そうです。あんたが持ってても、ケーキ作らないなら、何の役にも立ちません」
老師「おお?鳥までもが。お前は、ドリトル先生か」
父「分かったら、はやくレシピを出しなさい」
カメ「そうだそうだ」
老師「ん?そうか。ふふふ、見破ったぞ、松嶋の、これは腹話術じゃな」
父「当たり前じゃねえか、カメが喋るか、鳥が喋るか、騙される方が変だろう。俺、この話の最初の方で腹話術は既に披露してるんだからな。ちゃんと話は聞いてろよ」
老師「いや、ワシは、それ見てないことになってるから・・」
父「そんな言い訳は聞かねえ。ほら、とっとととレシピを出せよ」
老師「出せと言われて出せるようなものではない」
父「もったいつけやがって、俺は、ここにたどり着くまでに、何度も死にそうになったんだぞ。お前、殺すぞ」
老師「レシピは、ワシの頭の中じゃ」
父「頭の中って、そんな野村沙知代じゃないんだから。うーん、困ったなあ。うーん、師匠っ」
老師「いきなり頭をさげおったな。切替えが早いな、この男は」
父「修業します。よろしくお願いします」
老師「ワシの修業は、普通のケーキ職人にはちと辛いぞ。耐えられるか?」
父「はっ」
老師「では、最初の課題じゃ。両手両足が出たり入ったりする仕掛けのカメケーキを作ってみよ」
父「は?」
老師「カメの仕掛けのケーキじゃ。どうじゃ、出来るかな」
父「はい、出来ました」
老師「むむ、やるな。では次じゃ」

そんなこんなで、下らない修業が続き、一週間後。
父「ほら、どうですか。カメケーキの変形版、かたつむりケーキとやどかりケーキ」
老師「うーむ、まさかこれほどの腕とは。最近のケーキ職人は、感性や味覚を重要視するあまり、手先の技術を忘れておった。せいぜい、綺麗にデコレーションする時にだけ、手先の技術を使うのみ。ワシは、そんなケーキ界に絶望して、山に入ったのじゃ。もはやケーキは美味しくなった。味に関しては申し分ない。しかし、味はレシピさえあれば、それなりに再現できる。しかし技術はそうはいかん。ケーキの中にバネを仕込んで、カメケーキを作るといった手先の技術は、今のケーキ界では邪道と蔑まれておる。蔑むだけなら良いが、作れもせん。職人なら、実際に商品化するしない、以前に、とりあえず作る技術くらいは身に付けるべきなのじゃ。そう思って、ワシは長い間、待っていた。そして、お前に出会った。正に、お前は、ワシが求めていたケーキ職人。さあ、レシピを受け取りなさい」
父「レシピは、頭の中なのでは? あ、そうか、頭をもいで持って帰るんですね」
老師「おい、やめろ、頭をねじるな」
父「でも、レシピが」
老師「ばか者。レシピはここじゃ」
かつらを外して、その中からレシピを書いた紙を取りだす老師。
父「そんなベタな」
老師「いいではないか。嘘はついとらんのだから」

父「それにしても、そのセンスは。こりゃレシピも期待できないか。10日間も家を空けてこれじゃあ、ヒロシにも顔向け出来ないかも。うーん、俺、何やってたんだろうなあ。とにかく帰ろう。ひろ坊も店も心配だ。俺の『唐揚げパイ』ファンの皆さんも随分困ってるに違いない」

息子「はい、バナナケーキ二個ですね、ありがとうございます。ふう、流れ者さん、ご飯、食べてきてください」
流れ者、メモを渡す。
息子「何々、そういえば、どうして手紙とかって、読む前に『なになに』って言うんだろうなあ。えーと、『ひろ坊、先に行ってきなさい、私はバナナケーキの仕込みを済ませてからでいいよ』。いや、僕は、『唐揚げパイ』で済ますから大丈夫、流れ者さん、どうぞ」
流れ者、メモを渡す。
息子「『あれだけは食うな』って、キツイなあ、流れ者さん。分かったよ、隣の定食屋さんに行ってくるね」
定食屋「いらっしゃい、お、ひろ坊」
息子「あ、おじさん、レバニラ炒め定食」
定食屋「あいよ。でも、良かったなあ、ひろ坊、あの人が手伝ってくれて」
息子「うん、おかげで店が潰れたんじゃないかって言われなくてすんだしね。あの人、バナナケーキ作るの上手いんだよ」
父「おい、誰だ、あの人って」
息子「お父さん」
父「ただいま」
息子「ただいまじゃないだろう、どこ行ってたの?」
父「これを探しにな」
息子「コレ何? レシピじゃない。何々、『クリスマススペシャルカメケーキ』って、まだ懲りないの?」
父「何?カメケーキ? ちょっと見せてみろ。何だ、あの野郎。究極のレシピとか言って、カメケーキなら俺の方が・・ん? これ、まともなレシピみたいだぞ。バネもボールベアリングも使わないし」
息子「うん、これ、美味しそうだよ」
父「おお、これを今年のクリスマスに、ばーっと売りだすんだ」
息子「凄いや、お父さん。これを手に入れるために、山で、数々のトラップを切り抜けて、まゆ毛を剃って修業したんだね。正にケーキバカだ」
父「親に向かってバカって言うなよ」
息子「でも、その顔は、かなり馬鹿顔だよ。朝になったら咲いたりしそう」
父「ああ、このまゆ毛なあ、どうにかしなきゃなあ。それはそうと、その店手伝ってくれてる人って何だ?」
息子「ああ、今、お店にいるから行こうよ」
父「名前は?」
息子「流れ者さん」
父「珍しい名前だな」
息子「いや、本当の名前は言わないから、僕が勝手に、そう呼んでるだけ」
父「何で?」
息子「カウボーイハットかぶって、背中にギター背負ってるから」
父「うーん、確かに、それは流れ者だな。『口笛が聞こえる港町』とか『銀座旋風児』とか歌うのか? やっぱりアキラみたいなかん高い声で」
息子「まあ、いいから行こうよ。ほら、あれが流れ者さん。ねえ、流れ者さん、お父さんが帰ってきたんだよ」
父「おい、ひろし、あれが流れ者さんか?」
息子「うん」
父「うんって、お前、あれ、幸子じゃねえか。お前の母さんじゃねえか」
息子「あああああ、ダメだよ、お父さん。せっかく母さん、流れ者として、誰にも知られずに僕のピンチを助けに来てくれたんだから」
父「誰にも知られずって、だって、お前分かってたんだろ?」
息子「うん、でも、お母さんって言ったら、また居なくなっちゃうんじゃないかと思って、言えなかったんだよ」
流れ者、父にメモを渡す。
父「何だよ、コレ。何々」
息子「お父さんも『なになに?』って言った」
父「細かいことにこだわるね、お前。で、『私は波止場に吹く風、流れ者。幸子なんて知りません』って、じゃあ、どうして、幸子の漢字を間違えないで書けるんだよ。平仮名でかけよ、こういう時は」
流れ者、メモを渡す。
父「まだやんのか。え?『流れ者に女はいらない』って、だって、お前、女だし」
息子「お母さん、喋るとバレると思って、こうやって、メモとギターだけで会話してたんだ。そんなにして正体隠そうとしてるのに、一目で見抜いたら、お母さん可愛そうじゃないか。だから、僕」
父「うーん、でもなあ。帽子とサングラスだけじゃ、普通バレるだろ。え?定食屋の親父にはバレなかったって。だって、お前、あそこの飯はマズイって言って、ろくに顔出してないだろ。それに、『すっぴんでは外出しない』ってのがポリシーだったから、お前の素顔を知ってるのは、俺とひろしだけだもん。そりゃ、町内ではバレなかったかもな。お前、別人だもんな、化粧すると」
母「あなた、変わってないのね」
父「ああ、変わらないよ、ずーっと俺はこんな奴だよ。知ってて一緒になったんだろ。だから、これからも一緒にいてくれよ」
息子「お母さん、お父さん、凄いケーキのレシピを手に入れたんだよ。これでクリスマスケーキを作るって」
母「あなた・・」
父「幸子ー」

クリスマスイブ。ケーキの松嶋はお客さんが行列で、店内はてんてこ舞い。てんてこ舞って、どんな踊りなんだとか聞かないように。
父「はい、クリスマススペシャル、3ホールですね。はい、夜、お届けします」
息子「やっぱり美味しいケーキを作ると売れるんだね」
父「ああ、ケーキがいいと、景気も良くなるってな」
息子「お父さん、まさか、それで落とそうと思ったんじゃないよね」
父「え?ダメか」
息子「今どきの新作落語は、そんなんじゃオチないよ」
母「そうよ、何か無いの、お父さん」
父「うーん、そうだ、カメケーキは、亀だけに、糖を足すと、より美味しいでしょう」
母「カメが英語でトータスで、糖を足すとかけたのね」
息子「説明がいるオチはオチじゃないよ」
父「うーん、これもダメか。あ、はい、カメケーキ5ホール予約ですね。はい、おいしいですよ」
息子「お父さん、仕事で誤魔化さないで」
母「そうよ、ちゃんとオトさないと、またわたし出ていっちゃうわよ」
父「うーん、じゃあ、カメケーキだけに、カメががっぽがっぽ、ってのはどうだ」
息子「じゃあさ、ケーキ屋だけに、これからも定期的に売れるでしょう、ってのは?」
母「やるわね、ひろし。じゃあ、カメケーキで、カメカメエブリバディってのは?」
父「オチはダジャレじゃなきゃダメなのか?」

イヴの夜に、家族三人の仲の良い会話が続き、年を越して、このケーキ屋が益々繁盛するという、「ケーキ屋危機一髪」というお話でした。

終わり。


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