三遊亭白鳥師匠のネタより

新作落語「びっくり江戸前回転寿司」
(オリンピック記念バージョン)

納富廉邦

この原稿の一部を使った白鳥師匠の高座は、以下をクリックすると聴けます
三遊亭白鳥「江戸前びっくり回転寿司」 2002.03.21 at 池袋演芸場
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「だから、どこにあるのよ、その美味しい店って」
「うーん、このあたりにあったはずなんだけどなあ」
「このあたりって、どのあたりよ。もう見渡すかぎりの地平線じゃない。だいたい、ここ、どこなのよ? 幕張?」
「どこって、お前、一見、幕張のようにも見えるが、実は、ソルト……」
「え?」
「ソルトレイク」
「ええええええ? いつの間にそんなところに?」
「いや、言うと絶対反対されると思ったから」
「当たり前じゃない」
「家の前でタクシー乗った時に、この麻酔注射をプチュッと」
「プチュッと、じゃないわよ。何か、さっきタクシー降りるときに、変だとは思ったのよ。運転手さん、サンキュー、って言ってたから」
「普通、もっと早く気がつくとは思うけど」
「お腹が空いてたのよっ! じゃあ、何? お腹空いたって言って家を出てきてからどれだけ経ってるの?」
「うーんと、20時間くらいかな」
「何よ、それ。そんなに時間かけて、お金かけてまで、食べたかったの? その、ビックリヤンキーとかいうホットドッグ屋」
「雑誌で見てね、これだっ、と思っちゃったんだよなあ。でも、いいじゃないか、ついでにオリンピックだって見れるし、モルモン教徒を大量に発見できるし」
「そんなの、東京にだってイッパイいるわよ。もう、何考えてるんだか。まあ、来ちゃったものはしょうがない。早く、そのビックリドンキーに行きましょ」
「びっくりドンキーなら東京にいくらでもあるだろう。ヤンキーだよ、びっくりヤンキー」
「何でもいいわよ、もうお腹空いて倒れそうなのよ。早く、ごはん食べましょうよ」
「ごはんじゃなくて、ホットドッグだけど」
「いいからっ、とにかく、お店を見つけるのよ。あと1分以内に見つからなかったら、あたし暴れるわよ、野村沙知代みたいな剣幕で喋るわよ、田中真紀子みたいに泣くわよ」
「わかった、わかったから、おとなしく歩いてね。絶対、このへんなんだから」
「あ、あそこにお店の影が。何か、書いてあるわよ。びっく、あ、あれじゃないの。びっく何とかって書いてあるわよ」
「あれか?何かホットドッグ屋にしては変な看板だなあ。漢字みたいなの書いてあるぞ。ビックカメラじゃないの?」
「いいから、走るのよ、ほら、あそこに行けば、ごはんが食べられるのよー」

「はあはあ、なんだよ、違うよ、ほら、びっくり江戸前回転寿司って書いてある」
「いいじゃない、びっくり、なんだから。同じようなもんでしょ。大体、あんたも50過ぎて、ホットドッグっていう年じゃないでしょ。日本人なら寿司よ、寿司を食べるのよっ。もう、あたしは一秒だって待てないんだから、もう、どんだけお腹空いてると思ってるの? あたしはダンジキ健康法なんてやるつもりはないのよー」
「わかった、わかったから、落ち着いて。もう少し探してみようよ。わざわざソルトレイクまで来て、おすし食べることはないだろう」
「わざわざって、誰が来たいって言ったのよ。こんな、山奥みたいなとこ。だいたい、お店探すって、この一面焼け野原みたいな、道がずーっと地平線まで続いてて、どこまでも見渡せるような、こんなとこの、どこに他の店があるのよっ。いいから、入るわよ」

「いらっしゃーい」(外人なまり)
「寿司、ちょうだいっ。すぐ、ほら回転寿司なんだでしょ、すぐ出てくるのだけが取り柄でしょ。ほら、出しなさいよ食べられるもの」
「何、あわててますかー? 日本人、セカセカする、よくないねー。アガリ飲んで、落ち着いてクダサーイ」
「アガリだぁ? そんなの飲んでる場合じゃないのよ、とにかく食べられるもん出しなさいよ、そんなの、今飲んだら、空きっ腹に水で体に悪いわよ」
「まあまあ、お前、外人さんが、空きっ腹に水なんて知ってるわけないじゃないか。ほら、とりあえず、これ飲んで、まずは落ち着こう。ほら、あの外人さん、怖がってるし」
「ふーっ、まあいいわ、(ゴクッとアガリを飲む)って、コーラじゃないのよー」
「アメリカでは、アガリと言えばコーラね。お客さん、日本人のくせに、寿司屋のこと知らないね、素人だね」
「ああもう、突っ込む元気もないわ。あなた、何か、適当に頼んで。とりあえず、何か食べなきゃ、あたし目ぇ回して倒れちゃうわ」
「ああ、そうだな、えーと、まずトロもらおうか?」
「トロ? 日本人、道、食べますか?」
「道路じゃないよ、ト・ロ!」
「ト・ロ? ああ、ツナフィッシュね、トロから頼むなんて、お客さん、素人だねえ。こちとらエドッコだからね、そんな注文、受けられないね」
「キー、何よ、この外人。こっちはお客よ、言われたもん出しなさいよ。ホラ」
「と言われても出来ないね。ツナフィッシュ置いてないね。ウチの看板見なかったか? ウチはビックリ寿司アルヨ。そんなトロとかウニとか、どこででも置いてるようなメニューは、親子三代続いたエドっ子のプライドが許しませーん」
「え?君、日本人なの?」
「ワタシが日本人に見えますかー? れっきとしたアメリカ人でーす。この金髪が目に入らぬか?」
「だって、三代続いた江戸っ子って…」
「ワタシの名前、エドね、お父さんもエド、おじいちゃんもエド」
「あーもう、分かったわよ、分かったから。あんたも、こんなのと、のんびり会話してんじゃないわよ。だったら、何があるのよ、出せるもの言いなさいよ」
「ウチは江戸前だからね、江戸前な寿司、たくさんあるよ」
「だから、何よ」
「まずは、石原慎太郎寿司ね。都庁の模型が乗ってるね」
「あの人は、神奈川県民じゃないのっ。どこが江戸前なのよ」
「じゃあ、コレ、どうです?」
「何だよ、この、妙に黒くて、何日も風呂に入ってないみたいな匂いがして」
「東京名物コギャル寿司でーす」
「何が東京名物よ、あの子たち、全員埼玉県人よっ」
「じゃあ、これはどうですか? 東京ディズニーランド寿司。どうです?江戸前でしょ」
「ディズニーランドは、千葉だよ。というか、アメリカが本家だろ」
「でも、ワタシ、行ったことありませーん」
「知らないわよ、そんなこと」
「では、とっておきの、アナゴ寿司はどうです? 江戸前デショ」
「まともなのあるじゃないの。さっさと出しなさいよ」
「おい、ちょっと待て、こいつのことだ、アナゴとか言って、実は、アマゾンでとったアナコンダ寿司とか、ご飯に穴が五個空いててアナゴとか、そういうのだぞ。もしかしたら、そのへんで捕まえてきたデカイミミズを、アメリカのアナゴとか言って食わせるつもりかもしれない」
「ギクッ」
「あ、今、ギクッってした」
「その後ろ手で持ってるのは何だ。見せてみろよ」
「こ、これは」
「おい」
「あ、だめよ、お客さん、あっ」
(ニョロニョロニョロ)
「今、何か、ニョロニョロ這っていったぞ」
「分かりました。お客さんには参りました。そこまで読まれてしまっては、もうお店を続けていくわけにはいきません。今日から、あなた方が、このお店のイタチョーです」
「おい、何、言ってんだよ。そんなにショック受けるようなことか? いいから、寿司を食わせてくれよ、無理に江戸前にしなくてもいいから。何でもいいから食えるモン出してくれ」
「ガルルルルル」
「ほら、かみさんが野獣化しちゃってるよ。とにかく、何か食べさせないと、この店壊されちゃうよ」
「オー、それは困りマース。この店は、オリンピックの日本人選手も来た由緒正しい店なのデース」
「へえ、やっぱり地元だからな、選手も来るんだ」
「ハイ、スピードスケートの奇麗な女の人来ました」
「あ、あの娘だな、ほら、岡崎…」
「ちがいまーす。橋本聖子さんでーす」
「いつのオリンピックだよ。しかも奇麗なのか? せめて伊藤みどりとか」
「あなたも、変な趣味ですねー」
「お前に言われたくはない」
「ガルルルルウル」
「ほら、そんなのんきな話してないで、何か握ってよ」
「じゃあ、今、ウチの店のいち押し、オリンピック寿司、どうですか?」
「お、いいね、それもらおう」
「ハイ、お待ち」
「お待ちって、お前、これ、スーパーとかで売ってる握り寿司セットじゃないか」
「これ、わざわざ日本から取り寄せたね。ウチの自慢のオリンピック寿司よ」
「どこがオリンピックなんだよ」
「ホラ、この値札のとこ見るね」
「何々? って、これスーパーのオリンピックで買ってきた奴じゃないか」
「今日、着いたばかりだから新鮮よ。わざわざ、船便で取り寄せたね」
「船便かい、腐ってるよ、もう。あっ、お前、これはダメだって、こんなの食べたらお腹痛いじゃすまないから」
「もう、何でもいいから、食べ物をちょうだい。何か食べられるなら死んでもいいから」
「おい、錯乱するな。ほら、飛行機で配ってたアメが一個だけ残ってたから、これを食べて元気を出すんだ」
「(チュバチュバ)はあ、でも全然足らない。あっ、そこにあるじゃないの、トロ。出せないとか言って、そのお皿に乗ってるのは何よ」
「あ、それは…」
「いいから貸しなさいよ、ほら」
(ぱくっ、びよーん)
「うわっ、びっくりした。何よ、これ」
「寿司の形のびっくり箱ね。お得意さんが、お店の名前にちなんでプレゼントしてくれた」
「あ、ガリがあるわ。この際、これで」
(ガブッ)
「うわっ、ペッペッ、何よこれ」
「ああ、それは赤鉛筆の削りカスね」
「何で、そんなもんが、山盛りになってるのよ」
「さっきまで、競馬の予想してました」
「もう、何よ、この店。食べられるもの何にも無いじゃないの」
「何を、そんなに怒るんですかー」
「大体、この店、インチキじゃないか。看板に、回転寿司って書いてあるのに、回ってないじゃないか。看板からして大嘘つきだ」
「何を、言うね。インディアン嘘つかない」
「だって、回ってないじゃないか」
「ウチの店は、寿司ではなく、お腹が空いて、お客さんの目が回ります」

終わり。


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