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YellowBrickRoad I & II
販売元:シナジー幾何学(Mac)、日本IBM(Windows)
定価:
対応機種:Macintosh、Windows
●YellowBrickRoad I & II
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、ファンタスマゴリアを名作という人がいる。僕はどっちも好きだ。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、POP UP COMPUTERを名作という人がいる。僕は逆だ。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、GADGETを名作という人がいる。似たようなものだ。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、ダズロイドを名作という人がいる。日本人じゃねえな、と思う。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、光る花を名作という人がいる。文学だな。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、MYSTを名作という人がいる。そんなに人間が嫌いか。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、ジンジャーブレッドマンを名作という人がいる。レジデンツのファンだろう。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、巨乳の巨塔を名作という人がいる。それはまあ許そう。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、かまいたちの夜を名作という人がいる。それは絶対誤解だ。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、おばあちゃんとぼくとを名作という人がいる。そんな奴の子供にはなりたくない。
YellowBrickRoadに拒否反応を示して、デイドラスを名作という人がいる。ビデオ派だな。
まだいくらでも出来てしまう。
なぜなら、YellowBrickRoadは、その作品の出来不出来の前に、ある種の細川ふみえであるからだ。絵柄?好きじゃない。声優の吹き替え?最低。動きもまだまだスムーズじゃないし、演出も荒い部分が多い。
でも、好き。
道をずーっと歩いていくから。
歌って踊るから。
これはオズの魔法使いへのオマージュだったり、パスティーシュだったり、パロディだったり、アレンジだったりでは全然ない。単に、黄色いレンガの道を歩くという部分を使いたくって、その舞台をちょっと拝借しただけのものだ。黄色いレンガの道を、歌って踊って歩くだけなら、あのエリリンのOZでもよさそうなものだけど、心象風景を歩くのと、道を歩くのはあからさまに違うから、エリリンには悪いが、あの作品は死ぬほど駄作である。
道をたどらないと、どうせゲームは終わらない。MYSTだってミラー兄弟は「ノンリニアだ」って気張ってるけど、道はたどらなければならない。だったらたどる道は見えている方が潔いじゃない?そして、そこに何かが待ち受けているんだったら、鼻歌の一つも歌って勇気を出したいじゃない?
で、踏み絵である。娯楽は基本的に道をずーっと歩きながら歌って踊るものなんである。歌舞伎も映画も小説も、だいたいそうでしょ。そんで勇気を出したいのである。そのこと自体に拒否反応があるということは、基本的に娯楽が嫌いだということに他ならない。
しかっし、実は、娯楽は普通あんまり好かれてないのである。特に評論とかの類では、娯楽の王道の作品は基本的に無視されることになってる。宝塚や梅沢富美男ショーは、あんまり論じられない(天海さんが突如の退団表明。どーして?)。
もし、YellowBrickRoadがオズの魔法使いの舞台を借りずに、独自の世界を作っていたら、評価は全然変わっていたかも。でも、舞台を借りてても、世界は作られているのにね。
唯一の問題は、歌に歌詞がないことか。あのまま一大ミュージカルになってたら、本当に凄いものだったと思う。そういう世界をきちんと作ることには成功してるんだもん。ま、そういう不完全も愛してるけど。
道を歩いていくと決めたからには、たとえその試練がどんなものでも受けとめる覚悟は出来ている。敵は倒す。だから、あのバトルシステムも正解。レベルインジケーターが出るのも、きちんと倒すためには必要だ。そうやって、僕たちはいつも歩いているから。ケンカだって、いつ相手がやられたのかは見てれば分かる。わかんなければやられるだけ。
そうやって気分良く歩いているのに、ちょっとシナジーの悪い癖で、行ったら戻んないといけないのがキビシイね。ずーっと前に歩いていきたいのに。ま、これで話が終わるわけでもないし、またどうせ歩き始めるんだから、多少の寄り道はどうでもいいや。
実はこの作品。一人称の視点から三人称へ、また一人称に戻ってくるって部分の演出がメチャメチャ凄いとか、色々あるんだけど、とにかく、歩いていけばこの世は天国。歌って踊れば世界は変わる。愛してる。
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Yellows2.0 1993Tokyo
販売元:デジタローグ
定価:8800円
対応機種:Windows、Macintosh
●Yellows2.0 1993Tokyo
好評だった前作は、かつて出版しようとして果たせなかった書籍版のいわば、CD-ROMによる復刻だった。そのため、出た当時でも既に過去の作品だったのだが、この2.0は、最初からデジタルスチルカメラで撮り下ろされた作品集だ。裸の女の子を無機的なバックの前で、ただ立たせて置いて、それを前後左右から撮影した、裸の女性図鑑的な作品集。ファッション写真集的な色が濃かった前作に比べ、図鑑らしさが格段に向上した。ちょうど、ヘアヌードブームの始まりだったこともあり、書籍版でもベストセラーになるなど、話題を呼んだ作品集だ。このシリーズのおかげで、エロ物を恥ずかしくて買えなかった人たちに、「これは図鑑だから」、という大義名分が出来た。
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Yellows3.0 1994China
販売元:デジタローグ
定価:8800円
対応機種:Macintosh
●Yellows3.0 1994China
あのYellowsも遂に3.0。この手法もすっかりお馴染みになってしまった。それでも、操作性は確実に進歩し、更に今回は、任意の二人を選んで比較できる機能も追加され、ソフトとして、より洗練されたものになっている。
最初のYellowsは、体型の記録写真というにはあまりにもファッション写真の側に寄りすぎたものだった。だからこそ、僕はこのYellowsを徹底して叩いた。ヌード写真集でいいじゃないか、と思っていた。このCD-ROMを買う人も嫌だった。これを買っておいて、他のアダルトCD-ROMを買う人を貶す奴は殺してやろうかとさえ思った。スケベを文化や学術で覆うことは、絶対に間違っていると思う。だからこそ、罪もない五味さんに向かっても、「こんなの全然記録になってない」と叫んでいた。ムダ毛の処理跡や、肩に髪がかかってるのも気になった。
しかし、その後も、五味さんはまるで何かに取り憑かれでもしたかのように、このシリーズを撮り続け、そしてそれは、徐々に図鑑的な意味あいの強いものになっていった。今回のチャイニーズ編では、テキストデータの項目も増え(しかし、初潮の年齢とか、ブラジャーをしたのはいつかとか、現在の所持金とか、AV女優へ聞きましたみたいな項目が多いのは楽しいけど、どうしてなんだろう?)、本当に図鑑といっても差し支えないような形になっている。まあ、あいかわらず、上半身のアップはあっても下半身はない(臑から踵っていうのはその人の生活が出てると思うんだけど)とか、足の形(脚じゃなくてね)は、やはり今回も見送られているなどの、不備もある。それでも、ここまでやれば、中国人女性図鑑にはなっていると思う。でも図鑑は、決して体型の記録ではないとも思うけど。
それでも、五味彬は人物を撮る写真家だ。ドキュメント写真や記録写真を冷静に客観的に撮る人ではない。それはもう、Yellows.Manと、他のYellowsを比べれば一目瞭然である。女性を撮る愛情に溢れた視線と違い、男性版の何と記録的なことか。これは、攻撃されるべき点ではなく、愛すべき点だ。大体そうでなければ、この写真集シリーズを五味彬が出す意味がない。そして、このシリーズは、五味彬による女性ヌード写真集データ付き、と認識するのが正しいように思われる。あ、そう考えると、どんどん図鑑的な方向に向かっているのは心配だなあ。いいけど。
で、今回のYellowsは、中国女性編だ。まあ、中国って広いからねえ。人口も多いし。これでどの程度カバー出来たかということになると、まあ、中国の一部のサンプルという感じだろうけど、不思議なほどに、僕たちが中国の女性について持っているイメージを裏切らない。これは、アメリカンズの時も思ったんだけど、日本人の視線で撮る以上、日本人が持つイメージに近くなってしまうということなのだろうか。海外の景色の写真でも、日本人カメラマンが撮ると、どこかで見たような光になるように、海外のカメラマンが撮った日本の風景が、まるで外国の風景に見えるように。それに、ちょっとメイクがキツイなあ(おっと、今回はヘア&メークがスタッフにいるじゃないの)。みんなやけにツリ目だし。ちょっと極端に黄色い人もいる。まあ、気にしすぎだとは思うけど、女の子のデータもいいけど、撮影データもついでに載せてくれると、そのへんでも楽しめる。あと、基本的にメイク顔とスッピンと両方とか(トニータナカだな)。
アメリカンズで気になってたデータ別インデックスも、項目数が増えたんで、これはこれで良いかな、という感じになった。ちょっとセクハラっぽいけどね。アメリカンズでは、まるで巨乳好きとかケツデカ好きとか、そういう人のためにあるのかと思ったからなあ。
次はブラジル編だそうで、何かもう物凄いな。出来れば僕は世代別の比較が出来る日本人編というのを出して欲しいな。あと、10年単位で20才の女性を撮ったものを並べたトゥエンティーズとかもいいな。本当に記録図鑑的にやるなら、そういうのこそ大事じゃないのかなあ。
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妖怪人間ベム 新たなる魂の迷宮
販売元:バンタンインターナショナル電脳工場
定価:8800円
対応機種:Macintosh、Windows
●妖怪人間ベム 新たなる魂の迷宮
「妖怪人間ベム」は、かっこいいアニメだった。怖いし、難しいし、暗かったけど、それが魅力だった。大人の香りがした。だから、みんな見てたけど、ベムの話を友達としてた覚えはあまりない。このCD-ROMにも入っている視聴率のグラフを見ても、常に20%を越え30%に近い視聴率を保っていたのだから、人気番組だったことには間違いない。僕と同い年のダウンタウンもよくネタにしてるくらいだから、それは間違いない。でも、当時は本当に、ベムの話ってしなかった。高校生くらいになって、「あれって面白かったよねー」というような話はしたと思う。それでも、何故だかいつも切ない気持ちとともに語られてしまう、そんなアニメだった。
思い出すといつも、人間に裏切られ、差別され、迫害され、それでも人間を守り、人間に憧れる妖怪人間の三人の哀しい後ろ姿が見えてくる。フリッツ・ラング監督の映画「死刑執行人もまた死す」や「暗黒街の弾痕」などと同じ「運命との戦い」の物語。善良な小市民というものへの徹底的な不信(自己保身のための手のひら返しはお手の物の、彼らのいやらしさ)の物語と、それでも人間の美しさを信じているベムたちの切なさ。子供ごころに、ベムが持つ父性のかっこよさに憧れていた僕が、それでも「人間になりたい」と叫ぶ彼を見て、何故だかわからないけど無性に悲しくなってしまったのは、不特定多数になってしまった人間のおぞましさを、強く前面に出した内容だったからなのだろう。
このCD-ROMは、そんな妖怪人間ベムを、ロールプレイング・ゲームとデータベースの二枚組にした作品だ。データベースの方は、最近やたらと増えてきた昔のアニメやドラマをデータベースにしたCD-ROMの定石を踏まえた、手堅い出来。テレビシリーズ全26話のストーリーと名場面ムービーを中心に、制作者インタビューや、テーマソングなどが収録されている。さらに、コレクターズアイテム的な、韓国語吹替版のムービーや、放映されなかったシリーズ・パート2の第一話をムービーで完全収録するなど、収録データとしては充実している。パート2のムービーは、全26話のストーリーを全て見ないと見られない仕掛けになっているのだけれど、これって何かケチな気がする。ベムの心に反してるって言うか、小市民的だ。パート2のムービーは、それでも一見の価値はある。絵が明るくスッキリしちゃってて、話も妙に図式化された善悪の対立になっている。いかに、当時のベムが、奇跡のような作品だったがよく分かるよ。ベラが妙に色白の美女になってるのも笑えるしね。
ゲームの方は、テレビ・シリーズ最終回で、自分たちがいる館に火を付けられてしまうシーンから始まる。このゲームのオープニングに、最終回をダイジェストにしたムービーが流れるのだけれど、これが泣かせる。「私たちが人間になってしまうと、それ(妖怪)を見分けられなくなってしまうんだね」というベラのセリフ。そしてその人間に火をかけられてしまう彼ら。たまんない。
その燃える館の中で、妖怪と戦い、そこで出会った別の世界の妖怪人間に、自分のいる世界を救って欲しいと依頼される。そして、妖怪大陸というヘンな世界へ行き、人間を助けながら、妖怪を倒していく。ゲーム自体は、物語の謎を解きあかしていくのではなく、敵と戦うことが中心になっている。そのシステム自体はよく出来てるけれど、何かが違う、と思わないではいられない。ベムの魅力は戦いにあったわけではない。そもそも、戦う相手は、妖怪という形は取っていたものの、それは全て、人間の心が生み、人間が妖怪化したものだったはずだ。彼らが戦っていたのは、悪の心だった。だからこのゲームにはリアリティがない。何だか分からないけど悪い奴らしい、という相手と戦うのは、他のヒーローでいい。ベムではない。主題歌にある通り「暗い運命をふきとばせ」というのが、彼らの戦う理由だから。最後には人間になっちゃうんだよ。それはそれで嬉しいけど、でも、何だかなー。
データベースを見れば分かるけど、実はベムたちは、妖怪人間という特殊な形態を持つシャーロック・ホームズみたいなもんなのだ。今風に言えばゴースト・ハンターか。探偵能力を持った憑き物落としが彼らの本分だ。決して、怪物退治の専門家ってわけじゃないのだ。このCD-ROMは、何故かベムの捉え方が微妙にずれている。細部が良くできているだけに、そのずれは大きく感じられてしまう。ま、受け取り方はそれぞれで、たまたま僕とはずれているだけかもしれないけど。でも、やっぱ違うぞー。
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