くるみわり人形


 販売元:オラシオン
  定価:6980円(税別)
動作環境: HYBRID仕様



くるみわり人形は有名である

 「くるみわり人形」は、19世紀のロシアの作曲家、チャイコフスキーの童話を元にしたバレエ組曲である。クラシックなのである。たいていの人は聴いたことがあるだろうけっこう有名な曲なのである。では、「くるみわり人形」のストーリーの方はどうだろうか。チャイコフスキーの他のバレエ曲、「白鳥の湖」は曲はものすごく有名でストーリーもなんとなく知ってるような気がする、「眠りの森の美女」は曲はともかくストーリーはかなり有名である。じゃあ、いったいどんな話なんだ「くるみわり人形」って。
 ちなみに私は小学生の頃、雑誌の付録でこの童話を原作にした漫画を読んだことがあった。そのとき私は、いたく感動を覚え、その漫画を繰り返し繰り返し読み返した記憶がある。しかし十数年の歳月はその感動の物語の筋を私の頭の中からすっかり風化させてしまっていたのだった。ただ主人公のくるみわり人形の、グロテスクと言ってもよいほどヘビーな絵が強烈に印象に残っていたのである。

これは音楽絵本である

 そんなところでこのCD-ROM「くるみわり人形」である。MUSIC ISLANDシリーズ「ピーターと狼」に続く第2弾である。このシリーズの特色は、一言で言えば「音楽が主役のエデュテイメントソフト」である。中心に据えられるのが音楽絵本、そして周辺にその絵本を使ったさまざまな教育的プログラムという構成である。
 さてその絵本である。絵を描いている大鹿智子さんは東急ハンズのクリスマスポスターなどで活躍中のイラストレーター。彼女の手に掛かると、グロテスクなくるみわり人形も、悪役のはずのネズミの王様も、何となく優しい雰囲気のキャラクターになってしまう。そのせいかストーリーも、やや棘のある寓話的な面が希薄になり、夢のように幻想的なものになっている。特に曲の展開に沿って物語に追加された、雪の世界、星の世界、雨の世界などの部分は、純粋に幻想でストーリーはない。つまり話の筋としてのストーリーは非常に弱いものになっているのだ。だが、その分絵そのものが持つ物語性はストレートに伝わってくる。展開するそれぞれの場面が、本筋にない物語を語りかけてくるのである。これはまた、バックに流れるくるみわり人形の曲の持つ物語性をも強調する。繰り広げられるメロディーのひとつひとつが隠し持つ物語を想起させられるのである。
 ゆえに、このCD-ROM絵本を最大限に観賞するには、ナレーションを消し、絵と曲が創り出す世界に心をゆだねるのがいい。

脇を固める仕掛けたち

 物語部分を英語に変えて英語の勉強をする工夫やクイズによりいろいろな科目の知識をテストする工夫もあるが、ここはやはり、音楽を学ぶための仕掛けに着目したい。
 まずは「音符の絵本」。楽譜というものが感覚的につかみづらいのは、音という耳で聞くものを音符という目で見るものに置き換えてあるせいだ。この「音楽の絵本」は、絵本の中に音符を隠し、それに音楽と連動した動きを付けることにより、目で見える音符と耳で聴く音楽の関係を自然に理解させるというものだ。こう言った手法で音楽に親しむことができれば、楽譜に対する苦手意識も起こらないだろう。秀逸なアイデアである。
 「ピアノを弾こう」は各パートをソロで再生できたり、テンポを自由に変えたりできるMIDIの特性を利用したもの。自分のペースに合わせて演奏パートを片手ずつ再生できるようになっている。ただ「練習している」という感じからはちょっと遠い。「Macに接続したMIDIキーボードで演奏したものを採点してくれる」ようになるといいかも知れない。
 「MIDIで聞こう」もMIDIの特性を活かしたものだ。どの曲がどんな楽器で演奏されているか、各楽器はどんな旋律を演奏しているのかがよくわかる。聞きたい楽器を弾いている人形をクリックすると、彼の独奏になるのである。
 またCD-ROMに含まれているMIDIファイルは、市販のシーケンスソフトなどでも読み込める。シーケンスソフトで演奏データを表示させながら再生すると、データがいかに細かく作り込まれているかがよくわかる。ぜひ試してみてほしい。
 CD-ROM「くるみわり人形」は優れた音楽教育用ソフトである。こういった、データベースでも、ゲームでもないCD-ROMがもっともっと登場してほしい。そうなってはじめて、CD-ROMがひとつの独立したメディアとしての存在価値を持つようになるのだと思うのであった。
(石田力)
(Mac Fan 95.2.15号)

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