97.4.01-4.15

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1997.06.01

神代弓子であるということ

 神代弓子。出身地は大阪府。1965年11月22日生まれる。血液型O。身長160cm。バスト86cmは、70のCカップ。ウェスト58cm、ヒップ86cm。
 そんなデータに何の意味があるんだろう。
 彼女が僕達の前に初めて姿を現した頃。そう、彼女がEVEと呼ばれていた時代から、彼女は、どこかヴァーチャルな存在として、僕達の前に立っていた。EVEという、その、どこから見ても風俗嬢の源氏名でしかなかった名前が、彼女という身体を得て、源氏名ではなく、ある種の特別な記号として、僕達の前に現れたのだから。
 今から思えば「EVE(イヴ)」という名前は、暗示的だったのだ。予言的と言い換えてもいい。神代弓子という、まるで普通の女性のような名前が不自然に感じるほど、彼女の存在と魅力の普遍性は、一人の女性という枠を超えて、イメージとして屹立している。未だに彼女の事を「イヴ」と呼んでしまう人が多いのは、そういうことなのだと思う。
 一人の魅惑的な肉体を持つ女性ではなく、男の欲望や本能の様々な部分を刺激し、愛してくれる、イメージとしての「おんな」の象徴として、彼女はいる。そんな彼女に対して、かつて風俗のアイドルだったとか、離婚歴とか、趣味はスキューバダイビングと衣裳デザインだとか、その他もろもろの、プライベートな情報は、ほとんど何の意味も持たない。そこに彼女がいる。そして、ビデオや映画、CD-ROMなどのメディアを通して、「おんな」を演じる女優としての彼女を見る。僕達にとっては、そこで、彼女が演じる「おんな」こそが、「イヴ」であり「神代弓子」なのだ。
 彼女の歴史を検証するのならば、彼女の演じてきた「おんな」を見ることでしか、出来得ない。そして、彼女の魅力もまた、彼女が演じている、という状況で初めて、その輝きを増す。三面記事的な、個人としての彼女にしか興味が無い人は、多分一生気が付かない魅力と輝き。
 そう、彼女は、言葉の本当の意味での「女優」なのである。


1997.06.02

お休みのはなし

 休み、というのがだんだん分からなくなってきた。というより、仕事と遊びの区別がついてないだけのような気もするのだけれど。仕事をしている時の気分と、遊んでるときの気分に、違いがない。だから、休み、といっても、やってることは同じだったりするのである。そこで、休みには、文章を書かないことにしてみる。で、人と会ったり、セックスしたりしても、その時に考えていることは、「欲情してるって状態は、妙に自分に甘くなってる気がするなあ」とか、「ああ、この人とは、こういう話が通じるのか」とかいうことで、それは、文章を書いているときの頭の中と、何も変わらない。だから、遊びで書く文章も、仕事で書く文章も、内実は変わらなくて、遊んでいる俺も、仕事をしている俺も、やっぱり同じ。こういうのって、別にライターに限った話でもないだろうと思う。仕事が楽しくない人って、あんまりいないと思うしね。あとは、同じ事やってたら飽きるという部分だけど、飽きるのも仕事だから、というわけじゃない。まあ、遊んでると、それが仕事のネタになっていくという俺の仕事も、やや特殊だとは思うけど(これは、例えば、遊びも芸のこやし、というのとは違う。遊んでいたその内容そのものが、それを文章にすることでお金に変わるということだ)、では、お金になるなら仕事で、お金にならないのを遊び、という分け方そのものがヘンなのでは?という疑問も出てくる。仕事って何?遊びって何?さらに、それに生活ってのも絡んできたりして、多分、俺に一番欠けてるのが生活で、今後の課題は、そこだろうな、とは思うのだけれど、では、休み、というのは生活もしない場のことなのだろうか?多分、寝てる間って、休み、なのだとは思うから、そういう意味では、結構休んでるんだけどね。


1997.06.03

若い人

 ウォン・カーウォイの映画を見ていて、ちょっと気になった。これって、断片の映画じゃない、とか思って、それはそれでよかった。そういう方法はアリだ。でも、「香港の若い人を描きたい」という言葉の元に、この映画が撮られていると考えると、どこかで「そういうのをオッサンって言うんだよっ」という声が聞こえてくるような気がしたから。で、多分、そういうことなんだと思う。不思議にスピード感を欠いたアクションも、行動の断片が積み重ねられる構成も、ほとんど会話が成立しない登場人物も、年齢を微妙に上に見たファッションも、全体を覆うペシミズムも、全てが「メタ若い人」で、それは、しょうがない。だって、若い人を描きたい、というからには、言った本人は若い人ではないし、だったら、その視線は外部からのものでしかないから。で、どうせ外部であるなら、それをメタ化することでしか、作り手にとってのリアリティは生まれない。自分は「若い人」ではない、という認識があってこそ、ああいう映画になる。彼の映画の「青春の欠如」って、そういうことなのだと思う。そこが、気持ちいいといえば気持ちいいし、でも、これを気持ちいいと思う自分もまた、若い人ではありえないんだな、と思う。どこかで、多分、若かった自分に向けて「バーカ」と言ってしまいたい、そういう気分は、いつもどこかにある。歳をとるって、そういうことかな、という気がしている。成長の確認とかね。否定はしないけど、バカにはしたいとかね。


1997.06.04

大人の関係

 そういう言葉が、まだ存在してるかどうかは知らない。でも、これって、怖い言葉だ。早い話が、大人にはセックス絡みの関係性以外ない、って言ってることだから。で、それって、あながち間違ってないような気がするのが恐ろしい。不倫が、何かセックスばっかしてるのは、そういうことだし。子供はセックスが無い分、凄く細かく関係性を作っていく。で、セックス覚えて、あ、これ簡単って思って、そこで止まると、「大人の関係」なんて言葉を使えるようになっていく(のかもしれない)。ともあれ、そういう言葉がなくなってきた気がするのは良いことかもね。


1997.06.05-07

庄野晴彦の仕事

(注)この文章は、新潮社のFocusのために書いたんだけど、あそこは、ライターの文章をそのまま載せることはなく、あくまでも下書き的に扱うのよ。で、もったいないので、ここで、その原文を載せちゃいます。

 映画なら、ロケをしたり、セットを作ったり、役者をキャスティングしたり、といった下準備を経て、監督のイメージに合わせて作品が作られる。だから、そこには様々な偶然や、スタッフワークによる共作的な意味あいが含まれていく。
 庄野晴彦というアーティストが作るものは、全てが彼の中から生み出され、形になり、人物が造形され、彼の演出によって配置され、物語を吹き込まれる。その作業は、小説家に似ているかもしれない。しかし、小説は、言葉を用いて、読者の想像力に訴えるが、彼の作品は、ビジュアルとして、しかも、絵画ではなく、そこに「ある」ものとして描き出される。
「小説を羨ましいと思うことはありますよ。書かれていれば、それは存在するものだから。それを読んで、イメージは鮮明に頭に描けても、それを実際に形にすることは出来ない、というものを登場させることが出来る。でも、僕の場合は、まず形にしなければいけないんです。実際に、そこにあるものとして作らなければならないんです。」
 彼は「作る」のである。例えば、それが駅のシーンであれば、まず、駅の外観と、その外観に見合った内部、それこそドアのノブ一つに至るまでを、設計技師さながらに、そこに「ある」ものとして作り、さらに、列車やベンチなどの、駅の中にあるもの、そして、人物。その全てを、まず作り、そして配置し、ライティングを決め、カメラの構図や動きを決定し、必要なら、人物に演出も加える。そうやって、一つのシーンが作られていく。
「役者は、まず先に人物を作ってから、物語に合わせて選んでいきます。オーディションの参加者をまず作ってから、オーディションを行う、という感じですね。募集しても誰も来ませんから。」
 舞台を作り、役者を作り、その後の作業は、ほとんど映画などと同じなのだが、これを一人で行っているため、それらの作業は、一気に平行して行われる。まるで、小説を書くように。
 それは、ある意味では「神」になることに近いかも知れない。少なくとも、言葉通りの意味で「世界」を、「世界の断片」を作っているのだから。
「作っているのはデータですけどね。」
庄野氏は言う。そう、全ては、データという形で、コンピュータの記憶装置に溜められていく。それを、例えば映画に、またはビデオ、CD-ROM、DVD、書籍、といったメディアに落し込んでいく。彼が作っているのは、そういうメディアになる前の、彼のコンピュータの中だけに存在するデータの集積。デジタルである意味は、そこにだけ、存在する。データとしてなら、一人でも世界を作ることが出来る。その作業が、一つの結実を見たのが、CD-ROM「GADGET完全版」であり、また、今、彼が取り組んでいる新作「Under World」だ。
 CD-ROM「GADGET」は、かなりのセールスを記録したが、それは間違いだったかも知れない。全てが彼の中から作られた世界であり、そしてその作業は、ずっとパソコンと向かい合うことで行われる。だから、その内容も、必然的に内省的になっていく。それが、一人で世界を作る、ということだから。「GADGET」が分からない、という批評は、だからある意味では当然なのである。
「作業中は、こちらと、あちらの二つの世界を行き来してるという感じですね。向こうに行ってる時は、デジタルの法則でものを考え、動いています。例えば、映画では普通のシーン。食事とか、ただ歩いているとか、そういうのがCGだと難しいんです。スペクタクルのシーンなんかは、かえって簡単なんですね。だから、ハリウッドでは、スペクタクルにCGを使ってますよね。でも、スペクタクルばかりでは面白くないんです。スペクタクルが生きるように、何でもないシーンを積み上げていく。それを、自然に見せるように作るのは、本当に難しいんですよ。むこうと、こっちでは、そのくらい違いがあるんですね。」
 データによって、世界を構築する作家。そんな作家は、今、世界でも彼一人しかいない。


1997.06.08

子守歌の選曲

 子供は寝るときにグズる。何故かは知らない。寝るのがイヤみたいに見える。横にすると泣くしね。家の子供(廉、6ヶ月)を寝かしつけようとしてたら、本当に、これが寝ない、というか泣きわめいて、しょうがないから遊んでやると喜んで、でも、その状態だと、やっぱり寝ないから、とにかく横にして泣くに任せていると、そのまま疲れて、いつかは寝るのだけれど、それも時間がかかるし、手元で泣いてるのを見てるだけというのも痛ましい。で、気が付いた。子守歌というのは、こう云うときに使うものではないのか。歌詞もメロディも、寝かしつけることを前提にしたものが多いではないか。
 ということで、歌ってみることにしたのだが、普通の子守歌は恥ずかしいし辛気くさいし歌っててツマンナイし、何より歌詞を良く知らない。そこで、子守歌になりそうな曲を考えてみる。まず、思いつくのは、「東京ララバイ」とか、「ギザギザハートの子守歌」とか、「寝た子を起こす子守歌」とか、もう、我ながら情けなくなるベタな選曲で、しかも、どいつもこいつも子供が寝るような曲ですらない。「ギザギザハートの子守歌」では、絶対寝ないと思うもんなあ。「ヘイ!」とか言ってどうすんだ、とかね。で、その後には、「アザミ嬢のララバイ」とか、「聖母たちのララバイ」とか、ちょっとはマシな曲が思い浮かぶんだけど、その手の曲は、俺が嫌いだしな、とか考える。待てよ、だから、別にタイトルに子守歌がついていなければならないという決まりはないぞ、と、あくまでもベタで行こうとする頭に突っ込んでみる。で、まあ、一応バラードっぽいので、あんまり盛り上がらない曲、という線で考えてみて、いきなり思いついたのが「仰げば尊し」だというんだから、俺の頭にも困ったもんだ。で、歌う。えんどうみちろうバージョンにならないように注意していたつもりだったけど、最後の「いざ、さらば」のとこのリズムは、どうしても、いざ、12、さーらば、というスターリン風になってしまったのは、まあ仕方ないとしよう。で、その後、当然の連想で「蛍の光」になり、「翼をください」になって、「翼あるもの」と「翼なき野郎ども」が頭に浮かぶのを押さえ込んで、「虹と雪のバラード」へと流れるあたりは、中学校音楽の授業のリピート。そういえば、中学の時の音楽を教えてた、大学出たての女教師に誘惑されて合唱部に入れられてしまったことを思いだし、その結果として「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌う。このあたりで廉は半分寝ているようだ。歌い始めたら泣き止んだし、結構効果があるのかもしれない。あと一押しだ、とばかりに、「裸にされた街」「オートバイ」「さよなら世界夫人よ」とパンタ三連発。トドメとばかりに「百合コレクション」から「バックシート」というあがた森魚、ライダーズのはちみつぱい攻撃。
 そして、無事に廉は寝付いたというのが怖い。


1997.06.09

他人の関係

 夕べは夕べで、今夜は今夜なんだ。友達になる前に、セックスしちゃうってことは、結局、そういうことだ。どこかで、相手を見限っているから、そういうことが出来る。ずっと付き合っていきたい、と思う人とは、なかなかセックス出来ない。男女の間に友情は存在するか、とかいうのも、下らない設問だ。それを言うなら、同性の間の方が友情は難しいぞ。ただ、うっかりセックスするってことがないから、無自覚でも友達になれるってだけのことだ。男女の間に友情が生まれにくいのは、最初から、相手を友達にしようと思わないからであって、だったら、そりゃ友達にはなんないよね。要するに、長く付き合う気はないってこと。で、問題は、その先。
 セックスすることで、相手の自分に対するプライオリティが上がったと勘違いする人が何故か多い。不思議だ。その時点で見限られたのだから、プライオリティが下がったんだけどね。で、勘違いした結果、「俺はお前にとって、ただの友達か?」なんてセリフが出てくる。バーカ、てなもんだ。友達以下だよ、決まってるじゃない。セックスすれば生まれる関係性なんて、ただの知り合いとあんまり変わらない。でもそれは、「こいつとすぐセックスしちゃうのってもったいない」と思わなかった時点でお互い様だ。これは、そういうゲームだから、終われば終わる。彼氏彼女、というのも、その先に結婚でもしない限りは、プライオリティとしては友達以下。もし、そんなことない、という人がいたら、それは、単に友達がいないだけだ。
 だから、友達が多い、なんて人は、本当はいない。そうそう巡り会うもんじゃないもん。知り合いが多い人はいるだろうし、セックス相手が多い人もいるだろうけど、友達は、せいぜい2、3人じゃない?
 というのは、友達が少ない俺の負け惜しみかも知れないけどね。ま、いいんだ、いずれにしても他人だから。相手の気持ちなんか分からないもん。一瞬、わかる気がする錯覚は気持ちいいけどね(だから怖いけど)。
 愛してるぜっ!


1997.06.10-14

Quest for Best

このストーリーは、かつてゲーム用に書いて保留になり、日の目を見ないままになっているものです。設定とか文章とか、今読むと恥ずかしいけれど、それなりに楽しいものだと思います。ゲーム用シナリオとしてお読み下さい。


1
大きな、物を叩き壊すような音で目を覚ました。何かカプセルのようなものの中で眠っていたらしい。カプセルが開き、身体を起こしてみると、ずらりと並んだカプセルを順に叩き壊している者がいる。宇宙服と拘束服の間のようなものを着ているそいつは、私と目があうと逃げていった。ここはどこで、自分が何であるかもわからないまま、そいつのあとを追っていくが、私の鼻先で唯一の扉であるらしいエレベーターが閉ってしまった。しばらく待つと、エレベーターが開く。乗ると勝手に扉は閉り、再び開いた。目の前に巨大な空間が広がる。ホテルのロビーのような、大病院の待合室のような、それでいて、やけに無機質な感じの巨大なホール。
2
ホールの中は、いくつかの歯医者の椅子のような機械が沢山付いた椅子、番号の付いたモニターが並んだカウンターなどがあり、中央にそびえる支柱のようなものが圧迫感を感じさせる。さっきの宇宙服姿のやつは見当たらない。
3
カウンターに並ぶモニターの一つが、何かを表示し始めた。それを見ると、「ようこそ、ARA総合医療センターへ」という文字が書かれている。どうやらここは病院らしい。その後、ここのプロモーションビデオが流れる。さっきの宇宙服のようなものが、ここの患者に着せるものだという。その服を通して、投薬や健康管理を行い、伝染性のウィルスや外気の有害物質からも患者を守る働きをするらしい。既に私も着ているので、ここに運び込まれたときに着せられるもののようだ。モニターは続けて、「あなたの担当者は○○です。そちらに参りますので、しばらくお待ちください」と表示した。
4
やがて、ロボットが現れた。ロボットに取り付けられているモニターが自己紹介をする。更に、私の病状や入院に至る経緯なども表示されるが、病状は「記憶喪失症及び精神失調」なので、入院の経緯を言われても今一つピンとこない。ただ、家族がいるのか、と思っただけだ。更に、病院の説明が続く。どうやらここは、完全な無人病院らしい。ロボットとコンピューターにより完全に制御された病院。病院なのか牢獄なのか私にはよくわからない。
5
病室へ案内するというロボットの後について、エレベーターで2階に上がり、廊下に出る。同じような扉が並んでいる。ふと、その内の一つが開き、やはり同じ様なロボットを伴った患者らしき者が現れる。こっちを向くと同時に、そいつは銃のようなものを取り出して撃ってきた。肩に衝撃が走る。私の横にいたロボットがそいつを撃った。そいつの胸に大きな穴が開き、倒れる。意識が遠のく中、そいつがロボットに運ばれていくのが見える。
6
気がつくと、病室のようなところで寝ていた。ロボットが付き添っている。視界が少しぼやけていたけれど、徐々にはっきりしてくる。精神失調の患者が多いため、管理はしているものの、こういうトラブルがたまにある、とロボットが言う。他の患者との接触は危険であると言い、護身用にと、銃を渡してくれる。撃たれたら撃ち返さなければ危ないという。練習場もあるから、気晴らしに使っても構わないと言う。
7
部屋の中にあるコンピューターの端末のようなものから、この建物の全体図を入手出来た。手術室、放射線室、緊急治療室、集中治療室、レクリエーション・ルーム、コンピューター・ルーム等があるらしい。建物の中や、入れる部屋は自由に見て回ってもよいとロボットが言う。全ての場所はモニターされているので、緊急時にはいつでも駆けつけることができると言う。もう一度、全体図を見る。出入口らしきものが見当たらない。
8
とりあえず、病院内を歩き回る。他の病室はロックされているのか、扉は開かない。このフロアは病室だけらしい。他に有るのは奇妙な形をした便所らしきもの。小部屋のなかの壁には、爪で引っ掻いたような落書きがいくつかある。「Kill Me !」「出せ!ちくしょう」「頭を潰せ!」「全て私が間違っていた」「怖い」
9
エレベーターを使い、3階へ。放射線室と書いてある、一番手前に有る部屋に入る。巨大な断面撮影用のレントゲンのようなものが、部屋の中央に据えられ、その奥にガラス張りのコントロール・ルームが見える。コントロールルームに入ると、扉が開き、ロボットが宇宙服の人(患者)を担架に乗せて入ってくる。身を潜めて様子を伺う。ロボットがぐったりした患者を、無造作に台に乗せ、機械を操作している。コントロール・ルームのモニターにX線写真が映し出される。そこに映された全身像は、頭部と、下腹部、右上腕を除いて、ほとんどが機械であった。しかも、頭部は破損している。ロボットは撮影機の側に有るモニターで確認しながら、頭部のアップを投影し、破損状況を確かめているようだった。しばらくして機械を止め、再びロボットは患者を担架に乗せて、部屋を出て行った。
10
部屋を出ると、今出て行ったロボットが見える。見ると、集中治療室に入っていく。追いかけて、そっと入ってみる。誰も居ない。集中治療室は、カプセル状の治療ベッドのようなものを中心に、様々な機械が置いてある。その向こうに扉が有る。開けてみると、さっきの患者を、部屋の壁にある穴の中に落としているロボットが見える。ロボットはこちらに気がつき、私の目の前まで来た。「ここは死体の処理室です。あなたは生きているのでここには用がありません。おかえりください。この部屋に関する詳しい資料が御入り用ならば、病室のコンピューターを利用してください。検索パスワードは、MG421です。」とメッセージが表示される。そのまま、ロボットに押し出されるように部屋を出る。
11
3階には、あと二つ部屋が有る。手術室と安静室。手術室の扉は開かない。安静室に入ってみる。大小様々な円柱状の水槽のようなものが置いてある。それぞれの水槽には、脳のようなもの、心臓のようなもの、人間のようなもの等が入れられ、小さな気泡を上げている。
12
再び、廊下に出る。エレベーターの扉が開き、片足の無い患者を担架に乗せたロボットが現れる。ロボットはそのまま手術室に入っていく。私は思わず後をつけた。
13
手術室は、手術台を中心に様々な機械が並んでいる。手術台にはたくさんのアームが付いていて、それによって無人で手術が行われるようだ。別に見咎められることもないようなので、そのまま見物する。扉が開き別のロボットが機械製の義足のようなものを持って入ってくる。手術台にそれがセットされ、患者の足に、まるで模型を作っているように簡単に装着される。ロボットの一体がこちらに近付いてくる。「あなたはまだ外科手術の必要がありません。この部屋に関する詳しい資料が御入り用ならば、病室のコンピューターを利用してください。検索パスワードは、OP334です。」再び、押し出されるようにして部屋を出される。
14
エレベーターに乗り4階へ。エレベーターを降り、廊下に出たところでいきなり、患者と出会す。患者は私に向い怯えるように後ずさりしながら銃を構え撃ってくる。かなり怯えているようで狙いが正確でない。私は威嚇のつもりで一発撃ったら当たってしまった。倒れる患者、思わず駆け寄る。意識はないようだ。銃が落ちているので拾う。見てみるとグリップに「頭を狙え。それが慈悲だ。」と彫ってある。そこにロボットが現れる。「患者を治療します。その銃は故障したようですので、お手数ですが、そこの機械室に持っていってください。」
15
ロボットは患者を連れてエレベーターに乗り込む。私は言われるままに銃を機械室へ届けに行く。機械室は、工場のようなところだった。そこでは、銃のようなもの、医療器具のようなもの、ロボットなど、この建物の中にある様々なもの全てが作られているようだった。モニターの前で作業をしているロボットに近付く。モニターには私や患者が持っていた銃とは違うデザインの銃が映し出されていた。どうやら、それを製作中らしい。ロボットが振り返る。私が銃を渡すと「どうもありがとうございました。御用がお済みでしたらお帰りください。なお、この部屋に関する詳しい資料が御入り用ならば、病室のコンピューターを利用してください。検索パスワードは、FR057です。」と言い、私を部屋から追い出した。
16
部屋を出ると、私の担当ロボットが現れた。「定期検査を行いますので病室へどうぞ。」と言い、私は病室に連れて行かれた。
17
病室でベッドに寝かされた私は、何か検査をされているようだったけれど、よくわからないままに眠ってしまった。
18
宇宙服風の患者が大勢、こちらに迫って来る。その一人一人の頭を正確に打ち抜く私。死体を次々に片付けるロボット。頭に当たらなかった者は、胸や、腹に穴を開けたまま、起き上がり、私を襲う。そして、銃弾をくらい倒れる私。目が覚めた。(このシークエンスはなくてもいいです。小説ならじっくり書きたいところですが。)
19
担当ロボットが言う。「精神に異常をきたしているようです。カウンセリングを受けてください。
20
4階のカウンセリング・ルームへ連れて行かれる。担当ロボットは部屋から出る。カウンセリングは、ゴーグルのついたヘルメットのようなものを被って行うらしい。被せられると、視界はモニターの画面のような物になった。そこに次々と殺戮や破壊のイメージが送られる。襲いかかる患者、それに応戦する私。相手の身体を撃ち抜くと、心地よいイメージと共に陶酔感が得られる。ただし頭を狙っても当たらない。シューティングゲームのように、ひたすら撃ちまくる。
21
急に画面が途切れ、ヘルメットがはずれる。見ると、患者がこちらに銃を向けて立っている。カウンセリングロボットが破壊されている。さらにその者は私に銃口を向ける。私は反射的に銃を取り、そいつの胸を撃ち抜く。貫通し倒れる。扉が開き、ロボットが現れ、患者を担架に乗せて持ち去る。
22
後をつける。エレベーターに乗り込むロボット。鼻先で扉が閉まる。3階でエレベーターが止まる。再び上がってきたエレベーターに乗り込み3階へ。ロボットは集中治療室へ入って行く。後をつけて、集中治療室へ。扉を開けて中に入る。ロボットは患者の死体を治療用カプセルに入れる。機械が一斉に作動し、しばらくするとカプセルが開く。患者が上体を起こす。私は確かに胸を撃ち抜いた。初めて人を殺した感覚がよみがえり吐き気すら覚える。しかし、生き返った。ロボットは再び患者を担架に乗せて、こちら(扉の方)へ向ってくる。それに押し出されるように外に出る。担架の患者がこちらに何かを渡そうとしている。見ると手にディスクのようなものを持っている。私はそれを受け取った。
23
病室に戻り、データディスクを読んでみる。
24
「ここは一体何なんだ。俺は何回死んだんだろうか。頭を破壊すれば死ねる。それは分かった。しかし、自分で自分を撃つことは出来ない。ここに運ばれたカプセルの中で何らかの処理が行われているらしい。この服もそうだ。自分で脱ぐことは出来ない。おまけに、幻覚作用のようなものもあるようだ。他の患者を見ると、圧倒的な恐怖を感じる。撃たずにはいられなくなる。しかし頭は撃てない。だから俺はせめてもの情けのつもりで、カプセルを破壊した。そうだ、あのとき正規の覚醒前に目を覚ましたやつがいた。奴なら、もしかすると、ここをぶっこわすことも出来るかも知れない。奴がカウンセリング・ルームに連れて行かれるのを見た。あれも洗脳だと俺は思っている。とにかくこれを奴に渡す。駄目ならそれでいい。そうだ、この病院の歴史を検索した時に、ここを作った男がいることを発見した。そいつはまだこの建物の中にいるはずだ。捜し出してぶっ殺してやりたい。これを読んでいるお前、頼む、次は頭を撃ってくれ。そして、頼む。
25
頭を破壊され捨てられていたやつ、胸を撃ち抜かれ蘇った彼、夢で見た恐怖、カウンセリング、色々なことがはっきりした。とりあえず、知っている検索パスワードを使って、部屋の情報を得ることにする。まずはここの創始者、院長を探さなければ。
26
あちらこちらをうろつき回り、途中、何人かの患者を撃つ。頭を撃った方がいいのかどうかよくわからない。そうこうしているうちに、偶然エレベーターの中に隠し扉を発見する。4階に上がり、扉の反対側を押すと別の扉が開いた。廊下があり、その向こうに部屋が有る。院長室らしい。扉は閉ざされて開かない。こんな狂った病院を作ったやつがここにいるのかと思うと怒りがこみ上げる。扉を銃で破壊する。
27
院長室に入る。よくある院長室となんら変わりがない。ここには機械がない。デスクにあるパソコンだけだ。こちらに背を向けてデスクに座っている男が居る。そいつに向って足を進める。
28
椅子が回転してこっちを向く。背広姿のその男はミイラのようになって座っていた。そして、さらさらと崩れ落ちる。近付いてデスクに置いてあるパソコンのスイッチを入れる。院長らしき人物の映像が現れ話し出す。
29
「まさか、という出来事でした。私は完全な医療システムの創造に賭けていました。そしてこのARA医療センターを作りました。人とコンピューターとロボットの作業分担と、患者用の服による管理は、私の自信作と言えるでしょう。もちろん、無人の病院を作るつもりはなかったのですが、コンピューターによる完全制御の実験は行っていました。それが間違いだったのかもしれません。完全制御システムのテスト運転を何度か繰り返す内に、プログラムに重大なバグが発見されました。何故かプログラムが自己増殖を始めていたのです。気がついたときには、もうそのプログラムを止めることは出来ませんでした。それで、私はやむなく病院としての登録を抹消し、患者を迎え入れることを中止しました。病院を閉鎖したのです。しかし、医療システムは動き続けました。それまでの患者が治癒し、新しい患者も来ない状況の中で、とにかく治療するという事を至上命令として動き続けるプログラムは、患者同士を傷つけあわせ、それをせっせと治療するということを始めてしまいました。彼らは決して危害を加えません。ただ治療するのです。機械を使って脳以外の全ての外傷内傷を治癒することが出来るため、彼らは仕事には困りませんでした。それでも、脳を破壊された患者を生き返らせることは出来ません。彼らは人間を治療したいのですから。患者は徐々に減っていきます。しかし、その頃には増殖したプログラムは入院を振り分ける医師会のシステムに侵入して巧妙に入院患者を受け入れることができるようになっていました。全ては私の責任です。私はここの破壊を考えましたが、実行に移す前に、ここに閉じ込められてしまいました。地下に、この建物全てを動作させるための原子炉があります。そこを爆破すれば、この建物は跡形もなく破壊されるでしょう。これを見ているあなたにそれをお願いするわけにはいかないでしょうか。もしも、出来るのであれば、ここを破壊し、ここから脱出してください。」
30
狂ったプログラムが治療したいから患者を殺し合わせる。確かにここはそういうところだ。私が今まで見た光景もそれを裏付ける。とりあえず地下に行くことにしよう。
31
地階に行くエレベーターはパスワードを要求する。受け付けのモニターを見ると、このホールの検索パスワードが表示されていたので、それを覚えて、一度病室に戻る。
32
病室に戻ろうとすると、私の部屋から患者が一人逃げるように出て行くのが見えた。患者が逃げ込んだ病室は開かない。自室に入る。ふと見ると、壁に見慣れない機械が取り付けてあるのに気がついた。時限爆弾のようだ。廊下に投げ捨てて、扉を閉めると、轟音が聞こえた。廊下に出てみると、早くもロボットたちが修復作業を始めている。
33
部屋で、エレベーターのパスワードを入手する。爆弾は患者が持っていたということは、機械室の工場で作られているのだろう。行けば入手出来るはずだ。あとは、脱出のルートだけだ。ここを爆破して逃げてやる。
34
とりあえず、地下に降りる。目覚めたときと同じようにカプセルが並んでいる。しかし、数がかなり減っている。ふと、では私はどこから運び込まれたのだろうと考えた。やはり、ここに直接運び込まれたと考えるのが自然だろう。では、次に運び込まれる時が分かれば脱出出来るのでは無いだろうか。原子炉への扉はすぐに見つかった。扉を開けてみる。放射能汚染は心配ないはずだ。この宇宙服のような患者服に感謝する。
35
原子炉をチェックした私は、4階の機械室で爆弾を入手した。形を見ていたので探すのは簡単だ。更に大型の銃も入手する。もしも、ロボットと戦うことになったときの用心のためだ。多分それは無いだろうけれど。
36
カプセルの数が少なくなっているということは、入院患者が運び込まれるのもそう先のことではなさそうだ。
37
ホールで張り込んでみる。患者がエレベーターを降りてきた。そして銃撃。思わず応戦してしまう。そうでなければこっちがやられる。幻覚作用のないせいか、私の方が狙いが正確だ。相手は倒れる。近付いてみると、まだ意識が有るらしい。「頭を潰してくれ!」と叫んでいる。私は目をつぶって頭を撃ち抜いた。
38
さらに、しばらく待っていると、数体のロボットがエレベーターで降りて行った。後を付けると、ロボットたちは地階の壁を開き、そこに入って行った。患者を運び込むのだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。原子炉へ行き時限爆弾をセットする。
39
地階で待っていると再び壁が開いた。そこに飛び込む。ロボットたちがモノレールのようなものからカプセルを運び出している。最後のカプセルが運び出された。ゆっくりと扉が閉まる。その直前にモノレールに乗り込む。そのまま扉が閉りモノレールは走り出す。
40
恐ろしいほどのスピードでモノレールは地下通路を疾走する。人間用には作られてないらしく、気持ち悪くなってきた。徐々にスピードが落ち、扉が開いた。駅のホームの様なところに出た。患者を運び込むターミナルらしい。階段があり、外光が漏れている。ゆっくりと階段を上って行く。外の景色が目の前に広がる。
41
建物からついに脱出した。遠くに病院が見える。突然のように爆音と共に火柱を立てて崩れる病院。それをぼんやり眺めていると、ターミナルの階段から、担当のロボットが現れる。身構える私。ロボットはゆっくりと近付いてくる。私の方にアームを延ばす。ふいに視界が広くなる。足元に宇宙服のようなものが落ちる。ロボットは封筒を手渡してくれる。モニターにメッセージが表示される。当医療センターでは、あなたを完全に治療することが出来ませんでした。これは、他の病院への紹介状です。お元気で。」ロボットは再び、階段へ向かう。階段の手前でロボットは倒れる。同時に病院に凄まじい火柱が立ち、静まった。
42
END


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