Trouble Coming Everyday

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Trouble Coming Everyday

いや別に、トラブルがあるわけではないんだけど、ここで、とにかく、毎日、何らかの文章を書き下ろすという試みをしようというんで、付けたタイトルに意味は無いと思う。多分。ここでは、日記のようなもの、小説のようなもの、エッセイのようなもの、評論のようなものが、毎日書き続けられるけど、それがどれほど日記に似てようとも、それが真実である保証は無いし、時として手紙に見えても、それが日記だったり、小説のような評論だったり、続き物だったり、色々するので、適当に、読んで笑ってもらえればな、とだけ思いながら、このページを書き続けて行きます。じゃ、読んでみてね。


過去のテキスト


1998.03.17

ネットニュース

■ネット上の新興宗教1000を越える
中でも最大規模を誇る「エーテルの光教」は、信者420万人(公称)。

 ネットと宗教は、その当初から結びつきが強く、あの「オウム真理教」も、パソコン通信を利用した信者の勧誘などを行っていた。インターネットの普及により、その傾向はさらに強まり、各新興宗教は盛んにホームページを利用した、広報活動、勧誘活動を行っている。最近では、ネット上で修行や精神修養まで行う、ネット上にのみ存在する(とされている)新興宗教が、その勢力を確実に拡大。新しい形の宗教として、世界中に散在している。その数は、確認されているだけでも1000を越え、信者数はのべ1億人(複数の宗教に加入する者も多い)に達すると見られている。
 中でも、最大のネット宗教と言われるのが、最近ワイドショーでも盛んに取り上げられている「エーテルの光教」だ。信者数420万人以上と推定されるこの宗教団体は、最初は一人の男性のホームページから始まり、その巧みな勧誘の手口と、多くの女性信者の存在により、着実に信者数を増加、去年から始まった、教団イベントのネットでの生中継により一気にブレイクした。メールフレンドを装った女性幹部の巧みな勧誘と、クレジットカードを利用したお布施のオンライン引き落とし、科学技術を中心に据えた論理的な教義など、現在、ネット宗教の主流になっているテクニックは、全て、この「エーテルの光教」が確立したものだ。
 先日のウィルス騒動で、いち早くワクチンを開発供給したのも、この教団だが、その裏には、ウィルス自体も彼らが撒いたものではないか、との疑惑も囁かれている。

■連休にサーバーダウン、2千5百万人足止め
帰省、行楽ラッシュに沸く中、サーバーがダウン。バーチャルトリップの観光客2500万人が足止め

 大型連休で、観光に帰省にと、ネット上のトラフィックが増大。ついに、サーバーがダウンしたプロバイダが続出した。テレビ会議システムで、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんに孫を見せていた保坂弥生さん宅では、お子さんの芙実ちゃん(1才)が、初めて「おじいちゃん」と言ったのに、その直前で回線が切れてしまった、と嘆いている。このような事態が全国で頻出。さらに、バーチャル観光でも、人気スポットのヴァーチャル・カメラ・システムを予約していた人々が、結局観光できずじまいに終わった。
 連休中で人手が足りなかったこともあって、復旧工事は難航。最も早く復旧したところでも、ダウンから三日を要し、これだけの長い間、各家庭がネットから隔絶されたのは初めての事態だ。都内の集合住宅では、日常の連絡や買い物にも支障をきたし、ネットに繋がっていない不安感から、あわや暴動に発展しそうな一幕も見られた。
 他にも、連休を海外で過ごしながら、故郷の両親と映像をやりとりする計画の若い夫婦なども、そのほとんどがネットから隔絶され、海外での暮らしに不安を抱くことになった。
 帰省や観光による交通混雑の回避のために、ヴァーチャル観光を選んだ人々は、4000万人。そのうちの半数以上の人が、今回のトラブルに巻き込まれたことになる。さらに、復旧が遅れたことで、その被害はのべ5000万人、2兆円を越す戦後最大級の事故に発展した。

■暴走ハッカーの落書きに注意

 人のホームページに、勝手に「SAMURAI参上」などと、かつての暴走族のような落書きをするクラッカーの集団が急増している。個人データの悪用などの被害は無いが、いきなり自分のホームページに、スプレーで描いたような落書きが現れるのだから、その衝撃は相当なもの。現在のところ、犯人グループの特定は出来ていない。


1998.03.18

ネット・ミステリースポット

ネット上の、ちょっと怖い噂や、話題のミステリースポットをまとめて紹介しよう。信じる、信じないは、読んだあなたの自由だ。

このページを見ると呪いがかかる
 呪いがかかるホームページが、今、女子高校生の間で密かな噂になっている。ネットサーフィン中に、うっかりこのホームページにたどり着いてしまうと、次の日から、彼に浮気されたり、援助交際が親にバレたり、太ったり、怪我したりと、ろくなことが起こらないという。このページを見てしまったら、その日の内に、そのアドレスを100人の人にメールすれば呪いは解けるという噂も飛んでいる。

さまようホームページ(見つけると幸運になれる)
 呪いのページの反対なのが、ここ。ここを見れば、どんな願いも叶うと言われているのだが、そう簡単に見ることは出来ない。なぜなら、そこは、同じアドレスでは二度と見ることが出来ない、ネット上をさまよう幻のホームページだからだ。しかし、その効果は絶大で、特に片思いの人には圧倒的な確率で効くと言われている。

人面ホームページ
 なんということのないホームページなのに、よく見ると、あちこちに人の顔が浮かんでいる。そんなホームページがある。背景の画像に仕掛けてあるのだと言われていたが、画像だけをダウンロードしてみても、どこにも顔は見えない。ネット上の怪異現象として、大学も乗り出した、今、最も熱いスポットだ。

アクセス数が減っていく恐怖のアドレス
 ホームページのアドレスが、全部で16文字以内で、しかもbとfが含まれていると、どんなに人気があったページでも、いきなりアクセス数が激減する。そんなURLやメールアドレスの文字による占いをしてくれるホームページがある。気になる人はアクセスしてみよう。

ネット口裂け女
 美しい女性の後ろ姿が画面に表示される。「もっとキレイな私を見て」というボタンをクリックすると、マスクをした半裸の美女がにっこり笑うムービー。思わずダウンロードして見ると、何と、マスクを取った彼女の口は耳まで裂けている。かつて日本中を震撼させた「口裂け女」だ。しかも、このムービーをダウンロードするとアドレスが相手に伝わる仕組みらしく、毎晩、悪夢のようなメールが送信されてくるらしい。ただ、このページのアドレスに関する情報が流れてこないところを見ると、これもただの噂かもしれない。


1998.03.19-20

連作短編「拝み屋八角堂シリーズ」其ノ壱

 私の友人に、憑き物落としの拝み屋がいる。というとまるで、京極夏彦の小説の京極堂のようだけど、実際、奴も自分のことを「八角堂」などと名乗っている。しかも、その名前は、かつて、その印鑑を額に押すだけで極楽に行けるという、有り難い印を売ったことから、地獄の閻魔大王と戦ったことがあるお寺の、その印鑑が収められていた場所の名前なのだ、と、本人は偉そうに吹聴しているから困り物だ。
「それって、落語の「お血脈」じゃねえか。」と突っ込んだら、
「そう、あの噺は、その故事がベースになっている。まあ、落語では信濃の善光寺ということになってるようだが、本当は、そんな所ではない。その先は言わぬが花であろう。」
などと、時代劇の仇役みたいなことを言う。
 しかも、ところ構わず、辺り構わず、時間構わず、憑いている人を見つければ、その場で落とし始めるから手に負えない。一緒にいると、メチャメチャ恥ずかしい。
 ついさっきだって、そうだ。今、八角堂は、私の目の前で、窓から身を乗り出すようにして桜並木を眺めている。その姿は、30男としては少々不気味とはいえ、許せなくもない。しかし、こいつは、その直前に、いきなり駅のホームで、憑き物落としを始めたのだ。

 私は彼を伴って、自宅へと向かっていた。新宿から総武線に乗って東中野駅で降りる。そこから、線路沿いを中野の方に向かって歩いていけば7分ほどに、私が住むマンションがあるのだが、その線路沿いに見事な桜並木がある。奴の目的は、その桜だという。何でも、陰陽師は桜の精気を吸ってパワーを得るのだそうで、西行だって小林秀雄だって、そうやって偉業を成し遂げたのだそうだ。何故、小林秀雄なのかは謎だが、八角堂の言うことにいちいち突っ込んでいたらキリが無いことを、誰よりもよく知っている私は、
「だから桜の木には、やたらと毛虫がいるんだな。」
などと心のない返事をしつつ、桜の木の下で、奴がどんな奇行を演じて見せるのかを楽しみにしていた。
 総武線は、いつも妙に空いている。千葉方面の方には異論があると思うが、東中野の住人にとって、東中野や新宿から乗る総武線は、ほとんどガラガラという印象がある。何せ、中央線の透き間を埋めてるだけの路線だ。東中野の一つ先、つまり中野へ行くなら中央線でいいし、新宿と東中野の間には大久保駅しかない。その大久保駅のすぐ側には、山手線の新大久保があるのだから、そりゃ、誰も乗らない。ましてや、平日の午後二時四十二分。私たち以外に客がいる方が不思議というものだ。
 空いた車内には、何故か、どんな電車にも乗っている、背広を着てカバンを抱えた中年のサラリーマン風の男(なぜ、こういう人が、こういう時間に電車に乗っているのか、会社勤めの経験がない私には、凄い謎なのだけど)と、スーパーの袋を下げたオバサン(何故、コンビニの袋をあんなにいっぱい持って電車に乗るんだろう。これも謎だ)、そして、珍しいことに、25才くらいの、ちょいと綺麗な女の子の二人連れ。一人は、異様な程短いタイトスカートだし、もう一人は、服の上からでも分かる、極端な巨乳だ。こういう時は、もうそっちを見て過ごすのが当然というものだろう。私の連れは、窓の外しか見てないようだし。しかも、ちょっと恥ずかしいから、私は、彼からやや離れたところに座っていたから、話し相手もいない状態なのだ。当然のように、私たちの向かい側に座っている彼女たちは、八角堂を見てクスクス笑っている。それはそうだ。30過ぎのオッサンが、椅子に上がって、窓に手をかけて外を見ているのだから。今時、子供でもやんない格好だ。椅子の下に揃えて脱いである靴が、もはや可愛いとさえ思えるほどだ。
 そんな彼に気を取られているせいか、彼女たちはやたらと無防備で、スカートが極端に短い子は、数秒毎にパンツが見え隠れしている。もう一人の、オッパイの大きい子は、春の陽気に誘われたように、胸元も大きく開いていて、笑うたびに揺れたりチラついたりして、中々大変。会話の端々から、どうも津田沼から乗っているようで、それはそれでご苦労なことだとか思いながら、パンツよりオッパイの方が、見てて楽しいな、とか、くだらないことを考えている私だった。

「おい、降りるぞ。」
 八角堂に、こっそりと声をかけて、そのまま私はホームに降りた。あれ、あの女の子たちも、ここで降りるんだ、と思った途端、彼女たちの声が聞こえた。
「ああ、着いた。」
「何?憑いた?」
八角堂の叫び声が聞こえる。
思わず立ち止まる私。
思わず振り返る彼女たち。振り返ったその目の前に、八角堂が仁王立ちしている。
「女、ちょっと待て。私が落として進ぜよう。」
「落とすって何?」
女の子の、スカートが短い方が、うっかり反応してしまった。
「今、憑いた、と言ったであろう。」
「ええ、言ったけど、それが何? 着いたから着いたって。」
女の子の、オッパイが大きい方が言う。
「何が憑いたと思っている。」
八角堂は堂々としている。そのあまりに堂々とした態度に気圧されたのか、スカートの短い方が弱々しく
「だから、駅・・」
と応えてしまった。ああ、始まるな、と、私は思った。
「駅。うーむ、この東中野駅は、出来てから既に90年を越えると聞いた。器物100年経て怪異となる。駅が憑くこともあろう。」
「駅が、じゃなくて、駅に着いたんですけど。」
オッパイの大きい方は、気も強いらしい。八角堂に突っ込んでいる。
「何、では、女、お前がこの駅に憑いたのか?」
「当たり前じゃない。津田沼から、延々乗ってて、やっと駅に着いたから、着いたって言ったの。悪いの? それが悪いっていうの?」
オッパイの大きい方はひるまない。その時、スカートが短い方と、私はうっかり目があってしまった。
「ねえ、あなた、この人の連れでしょ。何とかして下さい。」
彼女は訴えるような目で私を見る。
「でも、始まっちゃってるから。」
私の声は弱々しい。それは、弱っているからではなく、止められないことを知っているからでもなく、実は、私は、八角堂の憑き物落としを見るのが大好きだからだ。つまり、止めるつもりは毛頭無い、というか、本当は、恥ずかしいんだけど、でも見たい、でも恥ずかしい、という感じで、ほとんど、露出狂の男の股間を指の間から凝視しているヘンな女のような心境だから、毅然たる態度もとれず、それが結果として「弱々しい」と感じさせる口調になっているのだ。しかし、案の定、彼女は私を、同じ災難に遭ってしまった仲間と思ってくれたらしい。
「ウシちゃんも気が強いから。」
「え? あの子、ウシって言うの?」
「いやあね、あだ名よー。胸がすっごくデカイでしょ。」
「じゃあ、あなたは? 何て呼ばれてるの?」
「えー、私ィ?」
そして、彼女は、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で言った(だったら言わなきゃいいのにね)。
「ハンケツ・・」
この世に、これほどベタなあだ名が、まだ生きていようとは。私は、必死で笑いをこらえた。ポケットの中にナイフがあったら、太ももに刺したいくらいの衝動だったけど、八角堂の大声が、私を救ってくれた。
「それだっ!」
「何?」
さすがのウシちゃんも、後ずさりしている。
「生き霊を駅に憑けるとは、生半可な力の持ち主ではないと思ったが、貴様、ウシに憑かれておったか。ウシは、元々高貴な人々を運ぶために使われていた。その彼らが、交通の要ではなくなって久しい。その恨みが、長い年月を経て、今、巨乳と呼ばれる女性達に憑いているという話は、私も聞いていた。しかし、通常、そのようなことが表だって現れることはない。今の世の中に、ウシの呪詛は効かないからだ。ウシが交通の手段であったことさえ、ほとんどの人が知らず、さらに、知ってはいても、それが極端な上流階級でのみ使われていたことで、その代わりとなるものがもはや存在しないからだ。つまり、その理が違うのだ。理の違う社会では呪詛は無効になる。しかし、貴様は違う。名に「ウシ」を持ち、ウシと呼ばれ続けることで、その内部で、ウシが現世の理を会得したのだ。いつからウシと呼ばれている?」
「え? あの、中学二年のころから。」
ウシちゃん、何故か素直になっている。
「高校の頃は、そう呼ばれるのがイヤだったはずだが、如何?」
「うん、凄くイヤだった。」
「その時だ。その時にウシと呼ばれることがなくなっていれば、君が憑かれることは無かったはずだ。」
「でも、ハンケツよりもマシだと思って。」
「えー? ウシちゃん、そんなことを思ってたの? ずっと友達だと思ってたのに。二人であだ名のことで自殺しようとした時だって、ウシちゃんが慰めてくれたじゃない。」
ハンケツちゃんはいきなり泣き出したのだけど、うーん、やはりハンケツじゃ、あんまりだ。スカートが短い方というのも同じだけどさ。

 と、風が吹いた。春の風は暖かいが強く、どこからか舞い込んできた桜の花びらがホームに散る。
 八角堂が口の中で何やら唱えている。何度聞いても、私には
「アジャラカモクレンパーデンネンエライトコデミツカッテシモウタ」
としか聞こえないのだが。
 そして、奴は、あろうことかウシちゃんの胸元に手を差し入れ、一瞬の内にブラジャーを抜き取った。
「サイズが合っていない。」
重々しく言う八角堂を、ウシちゃんは、目に涙を溜めて見上げている。
「お名前は?」
八角堂は、さっきまでの態度がまるでウソだったかのように優しく聞く。
「藤崎季実子です。」
「季実子さん、胸筋を鍛えなさい。」
八角堂は、そのままスタスタと改札口へ向かう階段を上っていく。
「おい、待てよ。」
追いかける私の耳に、
「惠ちゃん、行こう。」
という声が聞こえた。
 私は思わず振り返って叫んだ。
「惠ちゃん、基本は膝上10センチ!」
多分、落ちた。


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