97.4.01-4.15

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1998.02.13-14

シナリオ:忘れられぬ人々(1)

1.戦場
ものかげで息をひそめている鈴木。
轟音、閃光。
驚いて首をすくめる。
外国語の叫び声。
逃げる鈴木。ブラックアウト。
「もう大丈夫ですよ」という声と共に浮かび上がる女性の顔。みんなのマドンナ。
ああ、彼女だ。助かったんだ、鈴木はにっこりして身体を持ち上げようとするが、身体が思うように動かない。
いきなり銃弾を撃ち込まれる女性。
叫ぶ鈴木。

2.鈴木の家
「そろそろ起きて下さいよ」
鈴木の妻が呼んでいる。
身体を起こす鈴木。
「もうすぐ、ケンたちが来ちゃいますよ」
今日は、孫が夏休みの宿題のため、戦争の話を聞きに来る日だった。
「ああ、そうだったな」
鈴木は脂汗を拭いながら答える。

3.青木家縁側
縁側で将棋をさしている青木と水島。
「夏だなあ」
空を見上げてつぶやく水島。
その隙にコマを動かそうとする青木。
「おい、ズルはなしだよ」
水島に気づかれコマを戻す青木。
外の通りを鈴木の孫たちが通る。
「青木のおじいちゃん!」
子供達が手を振る。その母親らしい女性が会釈をする。
「おお、ケン坊、後でな」
青木が手を振る。
「お前、昔から子供には人気があるなあ」
水島がパチリとコマを置きながら言う。
「うん、自分の子供は死なせちゃったのにね」
青木は奥の神棚にチラリと目をやりながら答える。
「夏だったよなあ」
水島が言う。
「ちょっと出かけて来ますね」
青木の妻が声をかける。
「ああ、いってらっしゃい」
水島が愛想良く答える。
「お前の奥さんも夏だったよな」
青木が言う。
空は、真夏。
そこにタイトルが浮かび上がって。

タイトル「忘れられぬ人々」

4.鈴木家
鈴木の孫ケンが、鈴木に質問しながらノートをとっている。
「戦争は悪いことなんでしょ」
「そうだなあ、殺し合いだからな。悪いことだよ。」
「じゃあ、どうしておじいちゃんは戦争に行ったの?」
「行かないと怒られちゃうからね。」
「怒られる方が怖かったの?」
「怖かったんだねえ。でも、それだけじゃないよ。おじいちゃんは、戦争に行って、みんなを守りたかったんだよ。」
「ふーん。」
「でも、一番守りたかった人を守れなかった。」
「どうして?」
「おじいちゃんは、恐がりだったからね。」

5.鈴木家
茶の間。
紙飛行機が飛んでいく。
「わー」
ケンが喜んでいる。
青木の手が器用に新しい紙飛行機を折っている。
水島、鈴木、鈴木の妻は、それを西瓜を食べながら見ている。
「こんにちわ」
警官が入って来る。
「おう、良平、どうした?」
水島が声をかける。
警官は、彼らの古い友人の息子である。
「水島のおじさん、あ、青木のおじさんも、やっぱりみんなここだったんですね。」「何かあったんですか?」
鈴木の妻が声をかける。
「あ、そうでした。いや、急ぐ話じゃないんですが、オヤジが急かせるもんで。」
「おやじさんは、相変わらずか?」
「ええ、最近ますますボケてきちゃって、前から短気だったのが、もう思い立つと待ってくれないんですよ。今日もわざわざ職場に電話してきたんですから。」
「だから、何なんだよ。」
「えーと、ちょっと待って下さい。メモして来ましたから。『町田芳子さんのお墓が見つかった。場所は、』」
「町田芳子?」
鈴木が呟く。
「町田って、あの」
水島が興奮している。
「どうして?奴はそんなこと調べてたんか?」
「いや、何か、そういう老人のネットワークを支援する会社っていうのがあるらしいんですよ。オヤジ、そこの社長と知り合ったらしくて、調査を頼んでたみたいなんです。」
「ネットワーク?」
「何でも、戦争中の知り合いとか、随分長く会ってない友達なんかの現状を凄く安い値段で調べてくれるらしんですよ。」
「あの野郎、そんなこと一言もいわねえで」
「びっくりさせたかったみたいですよ。僕も口止めされてて。」
青木も、紙飛行機折の手を休めて、話に聞き入っている。

6.墓地
墓地の向こう側には病院が見える。
一人の老人が、北野社長と共に、小さな墓の前に立っている。
そこへ、水島、青木、鈴木がやってくる。
「三橋、これが」
「ああ、町田さんの墓だ。」
四人の老人、黙って黙祷する。
一歩下がって北野がそれを静かに見守っている。
鈴木が、ふと顔を上げる。
その目の方向に、車椅子に乗った老婆と、それを押している看護婦がいる。
その看護婦の顔は、町田芳子にウリ二つ。
唖然とする鈴木。
看護婦の姿は見えなくなる。
セミの声がやけに響く。

7.鈴木家
同日、夜。
鈴木、水島、青木、三橋、が、酒を酌み交わしている。
青木「いい娘だったよなあ。」
三橋「彼女がいたから、俺たち、みんなこうして生きていられるようなもんだからな。だから、どうしても、その後が知りたかったんだ。水島、お前が一番知りたがってたんじゃないか?」
青木「そうだよなあ、彼女のために、未だに独身なんだもんなあ。」
水島「そうじゃないよ。面倒だっただけだ。それに、お前たちがいれば、俺はそれでいいからさ。なあ、鈴木。」
「あ、ああ。」
鈴木がどことなく元気がない。
鈴木の妻がツマミをもって来る。
「あら、今日は随分おとなしいんですね、みなさん。」
青木「いやいや、これからだから、安心して。」
水島「それよりも、もうお構いなく。今日は盛り上がりそうだから、おそくなっちまう。先に休んで下さい。何でしたら、場所を変えますよ。」
鈴木妻「水島さんだけですよ、そんなこと言ってくださるのは。大丈夫ですって、こんな老人の集団を追い出したりしませんから。」
鈴木の妻、部屋を出る。
水島「おい、鈴木、どうかしたのか?まだ、あのことで気にしてるのか?俺が、あんなこと言ったせいか?俺もバカだったよなあ。若気のいたりというか。あの時は、ああいうカッコいいこと言ってみたかっただけだったんだと思うよ。」
鈴木、黙っている。

8.戦場
水島「鈴木、早く身体を治せよ、待ってるから。」
鈴木「ああ、もう大丈夫って言うのに、医者の奴。」
水島「そう焦るなって。お前には大事な役目があるじゃないか。」
鈴木「役目?」
水島「彼女を、守ってくれ。」
鈴木「ああ、そうだな。うん、俺の役目だ。」
水島「任せたぜ。」

9.
鈴木家、宴会の続き
水島が歌っている。それに合わせて青木が三橋と踊っている。
鈴木「・・・たんだ」
水島、歌いやめる。
水島「何だって?」
鈴木「幽霊を見たんだ。」
青木「何言ってんだ?まだお迎えには早いだろ。お前。」
鈴木「いや、幽霊かどうかは分からない。でも、はっきり見たんだ。墓だったし、彼女の墓の前にいたから。」
三橋「何を。」
鈴木「町田さん。」
水島「そりゃ、お前。」
鈴木「墓地の向こうに病院があったから、多分、そこの看護婦なんだと思うけど。」
青木「看護婦?」
鈴木「お婆さんが乗った車椅子を押してた。本当に、あの頃の町田さんそっくりで、笑顔も。」
水島「他人のそら似だな。」
鈴木「ああ、そうだと思う。でも、」
水島「何だ?」
鈴木「嬉しかったんだよ、何だか。」

10.帰り道
水島と三橋が歩いている。
水島「今日は有り難うな。」
三橋「何が?」
水島「町田芳子のこと。」
三橋「ああ、でもあれを見つけたのは北野さんだよ。」
水島「でも、北野さん、言ってたぜ。ずいぶん急かされたって。」
三橋「俺も、もう長くないからなあ。」
水島「どこか悪いのか?」
三橋「いや、もう歳だってことさ。」
水島「それはお互い様だよ。」
向こうから三橋の息子が迎えに来る。
息子「ああ、水島さん、ありがとうございます。」
三橋「何、お礼言ってるんだい。俺が水島を送ってやってたんだよ。」
息子「分かってますよ。さ、行きましょう。水島さん、おやすみなさい。」
水島「おう、三橋、気を付けてな。」
三橋「大丈夫だよ。」

11.水島の部屋
一人暮らしの部屋へ戻る水島。
引出しの中から古い写真を取り出す。
町田芳子を中心にした、水島たち四人。
そして、水島と町田が見つめ合っている写真。


1998.02.15

シナリオ:忘れられぬ人々(2)

12.青木家

青木が目を覚ます。昨日の酒が残っている。
「おーい、水、持ってきてくれ。」
妻に声をかけるが、返事はない。
留守にしているようだ。
そういえば、最近、昼間はどこかに出かけていることが多い。
青木は、布団から出ると、台所に行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで飲む。ふと、台所に見慣れない、小さな壷を見つける。そっとフタを空けてみると、中には戦争で死んだ息子の写真が入っている。

13.アルプス興業
青木の妻が、ビルの中へ入っていく。
エレベーターのボタンを押し、6Fのアルプス興業へ向かう。
フロアの中は小さなブースに仕切られていて、そのブースの一つに青木の妻。他のブースにも老人たちがいる。老人達の相手をするのは、みんな、若い、さっぱりとした感じの男女。
社員「最近、ずいぶん元気になられましたね。」
鈴木妻「何だか、随分気分が楽になりました。本当に有り難うございました。」
社員「ええ、あれであの子の供養になるんでしたら、壷を毎月変えるのも安いものですよ。」
鈴木妻「ええ、本当に、あの子が幸せになれるのなら。」
話が続く。
入り口からそっと三橋が入ってくるのが見える。

14.公園
青木と水島がベンチで喋っている。
そこに北野社長が来る。
水島「おや、この間はどうも。」
北野「ああ、水島さん、でしたよね。」
水島「今度、立候補されるそうですね。」
青木「応援してますよ。あなたのような人が議員さんになってくれると、わたしら年寄は助かりますからねえ。」
水島「そういえば、さっきの話、北野さんに聞いてもらえばどうだ。」
北野「話ってなんです?」
青木「いえ、まだよく分からないんですけど、アルプス興業ってご存じですか?」
北野「いえ、聞いたことはないですねえ。それが?」
青木「妻が最近そこに出入りしてるみたいなんです。それで、壷みたいなのを買ってきてえるんです。何か怪しげなものじゃないかと思って。」
北野「ああ、そういう話は聞きますね。会社の相談窓口に来てもらえれば、調べられると思いますよ。ああ、名刺の裏に書いておきますから、これもって会社に行ってみて下さい。」
青木「ありがとうございます。」
北野「そういうのも、ちゃんとした所もあれば、ひどいことする所もありますからねえ。そういう問題にも真剣に取り組むためにも、私は頑張っていこうと思ってるんですよ。そういえば、水島さん、一人暮らしでしたよね。一人暮らしの老人対策は、うちの業務の出発点だったんで、力になれると思いますよ。」
水島「その時はお願いしますよ。」
北野「それでは、私はこれで。」
すっと、ボディガード風の現れて、北野に付き従い、北野と共に去っていく。
それを見送る水島と青木。

15.三橋家
ずらりと並んだ、壷やお札を前に、泣いている三橋。

16.北野の会社
青木が相談している。

17.青木の家
青木と妻が、壷をはさんで向かい合っている。
「あの子のためなんです。」
妻が泣いている。
青木に言葉はない。
「青木、青木」
水島と鈴木が駆け込んでくる。
部屋の様子を見て、たじろぐ二人。
水島「やっぱり、アルプス興業が、」
水島と鈴木、そのまま黙り込む。
青木「どうしたんだ、何かあったんじゃないのか」
鈴木「そうだ、今、連絡があって、三橋が」
青木「三橋がどうしたんだ。」

18.三橋の家
三橋が首を釣って死んでいる。
息子が警官として、死体を降ろしている。
水島、青木、鈴木がやってくる。

19.居酒屋
水島、青木、鈴木が飲んでいる。
水島「あの馬鹿野郎。」

20.青木の家
青木の妻、突っ伏したまま。
青木、帰って来る。
青木「三橋は、アルプス興業に騙されたことが耐えられなかったんだ。奴は、自分が妻のために、と思ってやったことが全部無駄だったと知って死んじまった。」
青木が話している最中に、不意に妻の呼吸が荒くなる。
救急車のサイレン。

21.病院
青木の妻が病室に寝ている。
それをじっと見る青木。

22.アルプス興業前
青木が歩いている。
手には、包丁が握りしめられている。
悪行が暴露されたアルプス興業の前には、ヤクザ風の男が、抗議に来た老人達やマスコミでごったがえしている。
その中に歩いていく青木。しかし、人ごみに揉まれて、うまく入ることが出来ない。包丁が人にあたるのを避けようとしてバランスをくずす。そのまま人ごみの中に倒れ込む。

23.病院
青木夫妻がベッドに並んで寝ている。青木の手にはほうたいがグルグル巻かれている。


1998.02.16-17

シナリオ:忘れられぬ人々(3)

24.病院・朝
青木夫妻の病室。
水島、鈴木が見舞いに来ている。
青木夫人は、瞳の焦点が合わず、ぼーっとした感じ。
水島「何で、言ってくれなかったんだ。」
青木「言ったら止めただろ」
水島「あそこは、もう警察も入っている。お前が依頼した調査結果が出たときに、もう北野さんが手配してくれていたそうだ。」
鈴木「でも、包丁もってどうするつもりだったんだよ。」
青木「俺も、よくわかんねえや。でも、あそこにいる、妻を騙した奴の顔を見てみたかった。気が付いたら、包丁もって、あそこに立ってたんだ。」
水島「そう言えば、お前、昔もこんなことがあったよな。」
青木「あん時は、お前に止められたからな。」
水島「だから黙って行ったのか?」
青木「だから、気が付いたらあそこにいたんだって。あの時は、止めてくれたお前に感謝こそすれ、根に持ったりしてねえよ。」
水島「頼むよ。もう、友達が死ぬのを見たくないよ。」
そこに看護婦が入ってくる。花を入れ替え、振り向いて
「青木さん、包帯替えますよ」
一同の顔が看護婦にくぎ付けになる。
彼女は、町田芳子にウリ二つだった。
水島「あの、失礼ですが、お名前は」
看護婦「沢村芙実と言います。あれ、私の顔に何かついてますか?」
鈴木「いや、その、いいんです、包帯替えてやって下さい。」
鈴木、包帯を替える沢村の顔を見つめ続けている。

25.病院の玄関
鈴木と水島が出てくる。
鈴木「あの娘だと思う。俺が見たのは。」
水島「ああ、そうだろうな。でも驚いた。鈴木が幽霊と言ったのも分かるよ。」
歩いている二人。
沢村「すみませーん。」
大声で二人を呼ぶ沢村。
振り返る二人。
沢村が鈴木のステッキを持って走ってくる。
あわてて、沢村に走りよる鈴木。勢いがつきすぎて沢村の前で転ぶ。
沢村「大丈夫ですか?」
鈴木を抱き上げる沢村。
鈴木、直立して謝る。
沢村「ハイ、忘れ物ですよ。」
沢村からカバンを受け取る鈴木。それを見ている水島。
鈴木「あの、ちょっとお話してもいいですか?」
沢村「え?ええ、これから昼休みなんで、ちょっとなら。」
それを聞いて、そのまま立ち去る水島。鈴木、水島がいたことなど忘れている。
沢村と鈴木、ベンチに腰掛けて話し出す。
鈴木「町田芳子、という名前に聞き覚えはないですか?」
沢村「いえ、その人が何か?」
鈴木「いえ、私が昔知っていた、いや、わたしらが知っていた女性なんです。」
沢村「その人と私が似てるんですね。それであの時。」
鈴木「ええ」
黙り込む鈴木。無意識に紙飛行機を折はじめる。
沢村「青木さんは、大丈夫ですよ。すぐよくなります。単純な骨折だったし、腕だったから。足だと大変なんですけどね。」
鈴木、何を言っていいか分からない。紙飛行機が折り上がる。
沢村「変わった飛行機ですね。」
鈴木「ああ、これ。青木から習ったんですよ。私が作れるのはこれだけです。町田さんと一緒に、青木から教えてもらったんです。」

26.ナースステーション
数人の看護婦が喋っている。
沢村が入ってくる。
看護婦1「芙実、さっき玄関のとこで、おじいさんと話してたでしょう。」
看護婦2「本当に、お年寄りの面倒見がいいわよねえ。」
沢村「そうかなあ。」
看護婦1「そうよ。珍しいわよ。」
沢村「私、おじいちゃん子だったから。」
看護婦2「そうそう、お年寄りと言えば、あのアルプス興業。401号室の若い人、あそこの社員だったらしいわよ。」
沢村「ええ?」
看護婦1「あの人、そうなの?ショックー、ちょっとかっこいいから狙ってたのに。」
ナースコールが鳴る。
看護婦2「あら、噂をすれば、401号室よ。」
沢村「あ、私が行ってくる。」

27.401号室
401号室は相部屋。
そこのお年寄りの一人が、沢村に手伝ってもらって、小用を足している。
もう一つのベッドに足をつられている若い男。
男「いいなあ、君、なんて名前?」
男が沢村に尋ねる。
男「俺んとこに来る看護婦、みんなブスなんだもんなあ。」
沢村が振り返ると同時にドアが開く。
男「あ、常務。」
男が言いかけると、見舞客は男をにらみつける。
男「千先さん、何すか。」
見舞客は、黙って男の側に座る。
沢村、黙礼して、部屋を出る。
見舞客「お前の次の仕事場、決まったから伝えに来た。あと、預けてた奴、出しな。」
男、隣の老人が寝ているのを見て、そっと見舞客に目で合図をする。見舞客、その方向にあるカバンから包みを出して、自分のカバンにしまう。
老人「あーっ」
見舞客、一瞬、緊張し、ジャケットの中に手を入れるが、老人の寝言だと分かり、そのまま静かに座りなおす。

28.三橋の葬式
三橋の葬儀が行われている。
水島、鈴木夫妻が焼香。
北野社長も焼香に来ている。
北野「おや、水島さん。」
水島「北野さん、来てくださったんですね。」
北野「この度は、本当に、何と言ったらよいか。私どもの調査がもう少し早く進めば、こんなことにはならなかったのですが。三橋さん、財産のほとんどを無くされていたそうですね。」
水島「早くに亡くした奥さんの慰霊をエサにされたんじゃあ、」
北野「愛妻家だったようですね。私も、ずいぶん奥さんのことを聞かされましたよ。そういう話を聞くのが大好きなんで、よく一緒に飲んだものです。」
鈴木「アルプス興業はどうなってるんですか?あれから、パッタリと報道もされなくなったし、わたしらにはよくわからんのですよ。」
北野「どうやら、私の手配も手遅れだったようで、見事に逃げられたようですね。警察が踏み込んだ時は、何人かの社員がいる程度で、会社は人はおろか、金や壷なんかもキレイになくなってたそうです。」
水島「それじゃあ、他の人達にもお金は戻らなかったんですか」
北野「ええ、そのようです。今、うちで、なんとか救済を考えているんですが、いかんせん、額が大きすぎてですね。随分、頭のいい奴がやってたみたいですね。」
水島「三橋の息子が見た、アルプスの社員は、ずいぶんと感じのいい青年だったらしんですがね。」
北野「そのへんが、頭のいいところでしょう。」
鈴木「それにしても、三橋の奥さんのことといい、青木の息子のことといい、妙に内情に詳しいのが不思議です。青木の話だと、息子さんの死の様子まで知っていて、そこにつけ込まれたらしいんですよ。」
葬儀が終わり、棺が運び出される。それを見送る人々。

29.青木の病室
夜。
鈴木と水島、青木が喋っている。奥さんの意識はまだはっきりしない。
水島「三橋を送って来たよ。」
青木「そこにも墓があるのに、町田さんもいるのに、随分遠くに行っちゃったんだな。」
鈴木「ちゃんと、お前の飛行機も棺に入れてきたから。」
水島「それにしても、アルプス興業に逃げられたとはな。」
青木「警察は、いつも手遅れになってから動くんだよ。」
鈴木「でも、くやしいよな、俺たちで何とかできないのかなあ。」
青木「北野さんでも無理だったんだからなあ。」
水島「お前の金も、戻らなかったんだな。」
青木「ああ、でも金はいいよ、もう。あいつが、息子のために使ったものだから。それよりも、あいつが元気にならないと。」
鈴木「一人でなぐり込んだ奴が、ずいぶんおとなしいな。」
無理に笑おうとする。
水島「でも、今、アルプスの社長がいたら、俺も何をするか分からない。」
鈴木「おいおい。」
水島「いや、本気だ。明日、北野さんの会社に行って、とにかくアルプス興業の資料を見せてもらおうと思う。何か、俺たちで出来ることがあるはずだし。」
青木「ああ、そのくらいならいいけど、無理はしないでくれよ。お前は、昔から無茶なやつだから。」
水島「ああ、野戦病院でも、ずいぶん芳子さんに叱られたな。」
鈴木「そうだったな。」
ふいに水島が、ドアに近づく。
水島「誰だ」
言いながらドアを開く。
沢村「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったんだけど。アルプス興業がどうしたって聞こえたからつい。」
沢村がドアの向こうに立っている。
沢村「巡回の途中で、話し声がするから、私の患者さんにも、被害者がいるんです。それで、あ、そうそう、どうやって入って来たんですか?面会時間はとっくに終わってるんですよ。」
いきなり職業意識が戻る沢村に、一同、つい笑ってしまう。
鈴木「ごめんなさい。今日、友人の葬式だったんですよ。その報告に寄ったんだけど病院が閉まってて。」
水島「こいつ、忍びこみの名人なんですよ。」
鈴木「いや、その、戦争中に訓練されたから。」
沢村「いいんですよ。後で、こっそりやり方教えて下さいね。それより、アルプス興業がどうかしたんですか?」
青木「私が、ここにいるのも、死んだ友達も、やつらにやられたようなもんなんです。それに、妻も。」
沢村「そうだったんですか。それで、殴り込みとか言ってたんですね。私、それ聞いて、心配になっちゃって。乱暴はいけませんよ。本当に、危ないんですから、アルプス興業って。」
水島「何か知ってるんですか?」
沢村「知ってるってわけじゃないけど、この病院にアルプスの社員っていう人が入院してるんですけど、その人をお見舞いに来た人が、何か凄く怖い人で。」

30.夜道
水島、鈴木、沢村が夜道を歩いている。
水島「じゃあ、私はここで。」
鈴木「おやすみ」
沢村「おやすみなさい。」

31.北野の会社前
鈴木「ここが北野さんの会社だ。」
沢村「北野さんって?」
鈴木「いい人だよ。気取らなくて、おれたちの力にもなってくれる。」
会社の裏口から、男が一人出てくる。
通り過ぎる車のライトに照らされて、一瞬顔が浮かび上がる。サングラスで定かではないが、どうも、アルプスの社員を見舞いに来た男らしい。
沢村「あれ?あの人。」
鈴木「どうしたの」
沢村「いや、何でもないんです。ただ、」
鈴木「何?」
沢村「北野さんという人のこと、詳しく聞かせて下さい。」
話す鈴木。
二人、ずっと歩きながら話す。
沢村「あ、私はここで。」
鈴木「ああ、わたしの家も、すぐそこなんですよ。」
沢村「へえ、ご近所だったんですね。」
鈴木「はい、おやすみなさい。」
沢村「おやすみなさい。無茶しないで下さいね。」

32.青木の病室
青木、妻の顔を見つめている。

33.水島の部屋
水島、スケッチブックに何か絵を描いている。


1998.02.18

シナリオ:忘れられぬ人々(4)

34.町
選挙カーが走っている。
「北野武、北野武です。老人問題、福祉問題を、皆様の立場で、真剣に考え、実行する良平意の人、北野武をよろしく、おねがいします。」
そこを私服姿で通る沢村。北野の顔を見る。
その向こうを水島が歩いている。北野、車から手をさしのべ、水島と握手する。
通り過ぎる選挙カー。
沢村、水島に声をかける。
沢村「水島さん」
水島「おや、お嬢さん。」
沢村「北野さんの応援ですか?」
水島「うん、あの人には、青木もずいぶん世話になったし、最近、家の掃除とかをしてくれる人も、凄くいい人を世話してくれたしね。それをタダ同然でやってるというのが凄いよ。」
沢村「ふーん」
水島「でも、そうやってると、本当に芳子が還ってきたみたいだ。」
沢村「鈴木さんから聞きました。でも、聞いてると、何だか恥ずかしいですね。私なんかより、ずっと素敵な人だったみたい。女としても、看護婦としても。」
水島「想い出だからな、あの人は。」
沢村「それより、どうしたんですか?そんなスーツ着こんで。」
水島「これから北野先生の選挙事務所に行くんだよ。お手伝いを頼まれちゃってね。」
沢村「へー」
水島「ああいう人が議員さんになるべきだと思うんだ。」
沢村「事務所ってどこなんですか?」
水島「ほら、すぐそこだよ。」

35.選挙事務所
まだ、北野の選挙カーが帰ってきていない。
水島「おはようございます」
元気に入っていく。
沢村「水島さん、それじゃ。」
笑って水島に手を振る。
選挙事務所の奥にいた男が顔を上げる。
アルプスの社員に見舞いに来た男だ。
沢村、はっとするが、素知らぬ顔で去る。
男、じっとその後を見ている。

36.町
沢村が歩いている。
つけられているような気がして、まっすぐ家に帰れない。
家の周りを迂回していると、鈴木の家の前へ出る。
鈴木が歩いている。
鈴木「あれ?」
ほっとする沢村。
沢村「あ、鈴木さん。」

37.鈴木の家
鈴木の妻が沢村にお茶を出している。
「町田さんに本当によく似ていますね。まるで私だけが歳をとっちゃったみたいな、へんな感じですよ。」
沢村「町田さんて方、奥様もご存じなんですか?」
妻「ええ、知ってますよ。私と芳子は幼なじみでしたから。」
沢村「どんな方だったんですか?」
妻「どんなって言われてもね。子供の頃からの友達でしたからね。」
沢村「でも、鈴木さんたちの話を聞いてると、何だか凄い人みたいで。」
妻「男の人はねえ。色々と夢を見るから。でも、いい人でしたよ。あなたと同じ看護婦で。」
鈴木、トイレから出てくる。
鈴木「何を話してるんだか。それで、沢村さん、話って?」
沢村「ええ、あの、勘違いかも知れないんですけど、アルプス興業の社員の人がうちの病院に入院してる話、しましたよね。」
鈴木「うん、あの、怖い人が見舞いに来たっていう。」
沢村「ええ、その見舞いに来た人なんですけど、その人を、今日北野さんの選挙事務所で見たんです。」
鈴木「たしかにその人だったの?」
沢村「そう言われると、言い切る自信はないんですけど。でも、こないだ北野さんの会社から出て来た人も、あの人に似てたような気がしたし。」
鈴木「でも、あの北野さんが、アルプス興業の人間を選挙事務所に入れるかなあ。」
沢村「ええ、でも、選挙事務所を出てから、何だかずっと後をつけられてるような気がして。それで、回り道してたら鈴木さんに会ったんです。」
鈴木妻「お嬢さん、可愛いから、変質者とか、憧れてる男の子とかにつけられてたんじゃないかしら?」
沢村「分かりません。本当につけられてたかどうかも。」
鈴木「しかしなあ、北野さんはアルプス潰しの張本人だし」
沢村「そうですね。ちょっと私、早とちりしちゃったかも知れません。」
妻「でも、あとをつけられてたっていうのは穏やかじゃないわね。しばらくここにいたらどう?」
沢村「え、いいんですか?じゃ、病院行く時間まで、ここにいさせて下さい。」

38.選挙事務所
水島がせっせと働いている。
北野が帰って来る。
北野「みんな、おつかれさん。あ、水島さん、わざわざスミマセンねえ。」
水島「いえいえ、私のような年寄はかえって邪魔ではないですか?」
北野「いや、やっぱり戦争経験のある人は違いますよ。背骨が違うっていうんですかね。」
「社長」
奥から見舞いに来た男が呼ぶ。
奥へ行く北野、二人で何か話している。
水島、働いている。
北野がやってくる。
北野「そうそう、水島さん、今日は可愛い女の子連れてたそうじゃありませんか。お孫さん、ってことはないですよね、水島さん独身だし。」
水島「ああ、あの子ですか、いや、別に何もないんですけどね。あの、青木の入院してる病院の看護婦なんですよ。」
北野「ああ、あの、昔の恋人にそっくりっていう。」
水島「いや、恋人というわけではないですけど。」
水島、顔を赤くする。北野、奥へ目で合図。

39.病院・ナースステーション
夜。
沢村「じゃあ、今日は失礼します。」

40.青木病室
ドアがそっとノックされる。
青木「いいよ。」
沢村「お邪魔します。約束してた、紙飛行機の作り方習いに来ました。」
青木「じゃあ、まずは、簡単なやつからね。」
青木、紙を出すと、作り方を説明する。
沢村、熱心に聞いている。

41.水島の家
北野武のポスターが部屋に貼ってある。
スケッチブックに絵を描いている。
絵はまだ描きかけだが、どうやら水島たち四人の姿らしい。

42.病院
沢村、ようやく紙飛行機を完成させる。
青木「うん、上出来だ。続きはまた明日。」
沢村「ハイ、先生。」
青木「俺の三番目の弟子だな。鈴木が一番目、そして、町田さん、君だ。そう言えば、町田さんも鈴木に誘われて俺に習ってたんだよなあ。」
沢村「いっぱい覚えたら、鈴木さんに教えてあげる約束なんですよ。」
青木「それじゃあ順序が違う。」
青木笑っている。
沢村、部屋を出る。

43.病院玄関
沢村、ふと、誰かにつけられている気がして足をはやめる。
後ろを振り返るが誰もいない。

44.鈴木の家
鈴木が寝ている。
夢を見ているようだ。

45.鈴木の夢
沢村が走っている。
誰かに追われているようだ。
鈴木は沢村を助けようとするが、身体が動かない。
沢村を追っている影が、ついに沢村を捕まえる。
悲鳴が聞こえる。
起きあがる鈴木。

46.沢村の家の側
気絶した沢村を乗せて走り去る車。

47.青木の病室
午前中。
鈴木が駆け込んでくる。
鈴木「おいっ、青木」
青木「病院では静かにしろって習わなかったか?」
鈴木「沢村さん、来てるか?」
青木「何だよ、そろそろ来る時間だけど、」
鈴木「ああ、そうだな。昨日、ヤな夢、見ちゃってさ。」
包帯の確認に看護婦がやって来るが沢村ではない。
鈴木「あの、沢村さんは?」
看護婦「沢村さん、今日はまだ来てないんですよ。勝手に休む子じゃないんですけどねえ。」
いきなり、鈴木、駆け出す。
青木「おい、病院の廊下は走るなよ。」

48.町
鈴木が走っている。
途中、選挙事務所へ向かう水島とすれ違う。
水島「おい、鈴木」
鈴木、気が付かない。必死で走っている。
後を追う水島。
途中、自転車で警邏中の三橋の息子(警官)に出会う。
鈴木が怒鳴る。
「良平!、それよこせ」
三橋息子は、わけ分からず、鈴木に自転車を渡す。
自転車に乗り走る鈴木。
呆然とする三橋息子。
そこに水島が駆け込んでくる。
水島「何ぼーっとしてんだ、鈴木を追え!」
三橋息子、水島について走り出す。


1998.02.19-20

シナリオ:忘れられぬ人々(4)

49.町2
鈴木、沢村のアパートの前に着く。
倒れる自転車。
アパートのドアに向かって走り出す鈴木。
ふと、紙飛行機が目に入る。
それを拾うと、再びダッシュ。
アパートの呼び鈴を鳴らす鈴木。
誰も出る様子はない。
新聞受けに、昨日の夕刊と、今日の朝刊がささったままになっている。
水島と三橋息子がやってくる。

50.近くの喫茶店
鈴木と、水島、三橋息子がいる。
鈴木「俺は知っていたのに。」
水島「どうしたんだ、一体。」
鈴木「北野だ。」
水島「北野さんがどうしたって?」
鈴木「俺はまた、守ってやれなかった。」
水島「だから、どうしたんだ?何があった?」
鈴木「沢村さんが」
そのまま黙り込む。
水島も、彼女が失踪した事を察する。
水島「それと北野さんに、何か関係があるのか?」
鈴木「北野はアルプスとグルだ。」
水島「そんな、」
鈴木「良平、どうにかしてくれ、彼女は北野にさらわれたんだ。」
三橋息子「北野さんが?でも、それはないでしょう。あんなに老人の事を考えてくれる人が、老人騙しの会社とグルなんて。」
鈴木「この紙飛行機が何よりの証拠だ。それでも警察は動けないのか?」
鈴木、そのまま出ていく。
水島「良平、鈴木についててやってくれ。それで、もしもの時は、身体張ってでも、奴を止めるんだ。」
良平、出ていく。

51.青木の病室
水島が、青木と話している。
水島「どう思う、鈴木の話。」
青木「北野さんと、アルプスがグルだって?」
水島「奴はそう言うんだ。でも、俺には信じられない。」
青木「うーん、でも、考えると、ツジツマは合う。三橋は、ああ簡単に壷なんかを買う男じゃなかっただろ。それが、あんなになるまで騙された事に気が付かない。それは、三橋のかみさんの話を既にあいつらが知ってたからじゃないのか?そして、三橋は、北野社長に色んなことを喋ってる。」
水島「しかし、最近のインチキ商売は頭がいいからそれくらいは調べるんじゃないか?そもそも、あの会社を摘発に追い込んだのは北野さんだぞ。」
青木「そうだなあ。でも、うちのやつ、どうも前から北野さんの会社の相談窓口に行ってたらしいし。つじつまは合うんだ。たしかに。」
水島「しかし、あの人が」
鈴木が入って来る。手には紙飛行機をもっている。
水島「鈴木」
鈴木「もう守れなかった夢を見るのはいやだ。」
水島「わかった。俺はお前を信じるよ。」
鈴木「助けてくれるのか?証拠もないのに。」
水島「ああ。北野さんより、お前の方が大事だもんな。それに、沢村さんが見つかれば、それが証拠になる。」
青木「まず、彼女を見つけることだな。俺にも何かやらせてくれよ。」
鈴木「青木」
青木「その紙飛行機、彼女のだよ。間違いなく。」
水島「だから、いきなり北野さんに当たるのはやめてくれよ。俺は、お前達が死ぬのだけは、本当に見たくないんだ。」

52.選挙事務所
水島が働いている。
奥の男の動向に注意している。
北野と男の会話は、残らず聞けるように、補聴器をつけている。

53.町
鈴木、良平と話している。
良平「一応、行方不明の届けは出しておきました。病院からということにしてあります。でも、警察が出来るのはそこまでですよ。北野に当たるなんてとても無理です。証拠が何もないし、相手は区会議員候補だから。」
鈴木「ああ、いいよ、それで、有り難う。でも、もう一つ、頼まれてくれないか?昨晩、このヘンで何か見たり聞いたりした人がいないか、聞き込みやってくれよ。」
良平「それなら個人的にやってみます。」
鈴木「昨晩なんだ、あの夢なんだ。」

54.沢村が監禁されている北野別邸
ヤクザ風の男が数人ドアの前にいる。
ドアの中には沢村がいる。
沢村、小さな紙で飛行機を折っている。

55.青木の病室
夕方。
水島「分かったよ。」
鈴木「どこだ?」
水島「その前に、聞いておきたい。この後、どうする気だ?」
鈴木「助けに行く。」
水島「それだけか?」
鈴木「ああ、それだけだ。俺は、彼女を守ると決めたから。」
水島「でも、見張りはいるぞ。」
鈴木、黙り込む。
水島「分かったよ。でも、俺も連れていってくれるんだろ?」
鈴木「いいのか?」
水島「当たり前だ。」
鈴木「お前には、いつも助けてもらってたなあ。俺、臆病だから、いつもお前のお荷物になってたのに。そして、俺は彼女を守ってやることも出来なかった。お前が、俺を頼りにしてくれたのに。」
水島「いつも、頼りにしてたよ。それに」
鈴木「何だ?」
水島「いや、いいんだ。」
青木「そうと決まれば、すぐにでも行こうぜ。場所は分かってるんだろ?」
鈴木「まさか、青木も行くつもりか?」
青木「当たり前だ。彼女を守りたかったのは、彼女を好きだったのは、お前だけじゃないんだぜ。それに、あの子は俺の弟子だ。師匠が弟子を助けるのは当たり前だろ。俺だけ、仲間外れにはさせねえ。だいたい、アルプスに一番ひどい目に遭わされたのは、俺とこいつなんだ。」
水島「ダメだよ。お前は怪我をなおさなくちゃ。それに、お前にもしものことがあったら、由美さんはどうするんだ?こんな状態のまま、一人にするつもりか?」
青木、言葉が詰まる。
鈴木「俺たちにもしもの事があったら、北野の悪事を暴露する奴もいなくなっちゃうだろ?後方待機だ。頼む。」
青木「分かったよ。でも場所くらい教えてくれ。」
水島・鈴木「ダメだ!」

56.玄関
水島「武器はいるよな。」
鈴木「でも、何も持ってないよ。」
水島「俺は拳銃を持ってる。」
鈴木「そんなもの撃ったらタダじゃすまないよ。」
水島「いいんだよ。ずっと、あの時から、いつか死のうと思ってたから、戦後も隠し持ってたんだ。特攻隊の隊長として何人もの若い奴を殺した俺が、それでも生きてきたのは、お前達がいたからだよ。だから、いいんだ。」
二人、歩いている。
水島「じゃ、11時に」
二人、別々の方向に歩き出す。

57.水島の家
水島、描き上げた絵を腹に入れる。
戸棚の奥から箱を取り出し、その中から銃を出す。
丁寧に銃を磨き、分解し、掃除し、組立、弾を込める。

58.鈴木の家
鈴木が、じっと目を閉じて座っている。
身体が震えている。
部屋の襖が開き、妻が入ってくる。
妻「あなた。」
鈴木、目を開ける。
妻「これを着て行って下さいな。」
見ると、そこには、チョッキと、短刀が置かれている。
鈴木「何だ、これは?俺はどこにも行かないよ。」
妻「ダメですよ、隠したって。あの子を助けに行くんでしょ?」
鈴木、思わず頷いてしまう。
鈴木「どうして?」
妻「芳子は、私にとっても親友なんですよ。私にも手伝いくらいさせて下さいよ。」
鈴木、短刀を手に取る。
鈴木「これは?」
妻「私は武家の家に生まれましたからね。嫁に行くとき父に持たせられたんです。もし、添い遂げない時は、これで自害しろと。」
鈴木「ああ、昔はそういう家があったな。」
チョッキを手に取る。ズシリと重い。
妻「恥ずかしいですけど、防弾チョッキって言うんですか?それをマネして作ってみたんですよ。今日一日で作ったから、見栄えが悪くて。」
鈴木、チョッキを着て、短刀を腰に差す。
妻「あの子と一緒に、帰って来て下さいよ。」
鈴木、無言で頷く。ふるえが治まってくる。

59.道
鈴木が立っている。
水島が歩いてくる。
二人、並んで歩き出す。

60.北野別邸
水島と青木が、屋敷が見えるあたりで立ち止まる。
鈴木、ふところから図面を取り出し、水島と囁きあっている。
鈴木「まだ、夜目が利くのが有り難い。」
屋敷の中に沢村の姿を見つける。
鈴木、手を振るが気が付かない。
紙飛行機が飛んで、沢村のいる部屋の窓の透き間に入り込む。
見ると、青木がにっこりと笑っている。
思わず、何か言いかけて止める水島。鈴木が笑い返す。
沢村が驚いた顔で、彼らを見つめる。
三人、鈴木の手引きで忍び込む。

61.邸内
沢村が監禁されている部屋へ入るドアは一つ。
そのドアのある部屋には見張りが三人いる。
水島「こっそり、というわけにはいかないか。」
三人、うなずき合う。
突入する三人。
ふいをつかれた中の三人。
水島の銃に脅されるヤクザ。
その隙に、沢村の部屋に入る鈴木。

62.監禁部屋
沢村を救い出す鈴木。
隣の部屋から銃声が聞こえる。
途端に、身体が震える鈴木。
沢村「鈴木さん、大丈夫?」
ヤクザの一人が、部屋に入って来る。
鈴木、沢村に覆い被さる。
ヤクザ撃たれて倒れる。
そこに青木と水島が入ってくる。
水島、ドアのところに仁王立ちになって、ヤクザを牽制、銃を撃つ。
外では、パトカーのサイレンが聞こえる。
青木が、ギプスの付いた腕で、窓を叩き割る。
青木「鈴木、ここから逃げろ!」
鈴木「水島は?」
水島「鈴木、彼女を守るのが、お前の役目だ!」
青木と鈴木と沢村、窓から出る。
塀を越え、警官に保護される沢村と青木。
鈴木「青木、彼女を頼む。」
部屋に戻る鈴木。
向こうの部屋に警察が乱入する。
鈴木「水島!」
呼ぶが返事がない。
水島は、ドアに仁王立ちになったままだ。

63.救急車
水島が寝かせられている。
青木、沢村、鈴木が同乗している。
水島「鈴木」
鈴木「喋るな、すぐ病院だ。」
水島「これを」
懐から、絵を取り出す。
四人の笑顔。

64.病院
病院の玄関にパトカーが停まっている。
三橋の息子がパトカーから降りてくる。
そこに連れてこられる青木、鈴木、水島の三人。
青木の妻、鈴木の妻、沢村がそれを見守っている。
三人、病室の窓を見上げて、にっこり微笑む。
沢村、深く礼をする。
鈴木の妻、泣いている沢村にやさしく手を添える。
車に乗り込む三人。水島、乗り際に、三橋の息子の肩をポンと叩く。
走り出すパトカー。

65.タイトルバック
登場人物ひとりひとりの笑顔にタイトルが重なる。

終わり。


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