97.4.01-4.15

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1997.06.24-25

がんばれベアーズ形式

 ダメ少年少女たちの集まりが、何らかのきっかけで強くなり、それまでいじめられてきた連中に正々堂々と五分の戦いを挑む。そして勝つ。黄金のパターンである。「がんばれベアーズ」をはじめ、「キャプテン」とか、「飛べないアヒル」とか、「走れかける」とか、このスタイルの名作は多い。このスタイルの作品で、名作と言われる物に共通するのが、「努力すれば報われる」という物語ではない、ということ。そして、不平等は当たり前、ということだ。この二点をきちんと押さえてあるかどうかが、名作と駄作の別れ目だ。
 もともと、子供の世界は不平等だ。身体の大きさ、運動神経、視力、体力、性格など、全然不揃いだし、その中で、比較的それらの要素が近い子たちがグループを形成する。そうなると、それはもう、対ハンディキャッパーみたいなものだ。そう考えると、このパターンの個人版とも言える「赤毛のサウスポー」とか、「彼女はスーパールーキー」なんかの、女性プロ野球選手ものでの、「女性は、女性であるということで、既にハンディを背負っている」というテーゼにもうなずける。でも、それは、本当にハンディなのだろうか?能力は総合評価だし、要は使いようである。子供時代の不平等は、単に、子供の価値観の単一化から行われるし、女性であることのハンディも、さほど根拠があるものでもない。要するに、このパターンとは、謂れのないハンディを「そんなの何の根拠もないじゃん!」と言い放つ物語なのだ。見ている僕は、そこに感動する。だから、「努力すれば報われる」ではなく、「能力をいかに伸ばし、使えるようにするか」なのだ。そして、「どのようにして自信は身に付くのか」(だから、そのための努力はもちろんある)という部分が、ストーリーの中心を占めることになる。正しい自信を持つことで、ハンディと思いこんでいたものが、何の根拠もなかったことに気が付く。だから、勝つことも出来るし、最後に勝つのは、ようするに、無自覚に自らの能力を消費している相手より、そこに自覚的になった者の方がトータルで強い、ということの結果にしか過ぎない。
 さらにもう一つの重要な要素。それは、きっかけそのものは大人が与えるけれど、気が付くのは、自分たちの力だということだ。「飛べないアヒル2」の最大の見せ場が、地元の草ホッケーの子供達との試合にあるというのは、そういうことだし、だからこそあの作品は名作なのである。


1997.06.26-07.23

空白について

 村上龍インタビュー、京極夏彦「嗤う伊右衛門」、村上龍監督「KYOKO」、パイク「謎の吸血湖」、キング「図書館警察」、蜷川幸雄演出「昭和歌謡大全集」、ちばあきお「キャプテン(全巻)」、たまごっち、「もののけ姫」、我孫子武丸「ディプロトドンティア・マクロプス」、新宿ジョイポリス、HOLLYWOOD SFX EXHIBITION、ヒルトンホテル・ケーキバイキング、シャブロル「ロシュフォード家の惨劇」、「ジュマンジ」、「犬の眠る場所」、「クイック&デッド」、「バットマン&ロビン」、従弟の結婚式、青柳君結婚パーティー、ハシモトミカ・インタビュー、「マザーズボーイ」、「ザンガディクス」、「風の谷のナウシカ」、「詩なき詩人の午後」、「生フィギュア」、「バチャドテQ」、「RED ROOM X」、「Contemporary Girls」、「LIME WORKS」、「スリー・ウィメンズ」、吉田メグミ著「かきくけケータイ、ぱぴぷぺPHS」、青木修著「ザ・コンビニDX徹底研究ガイド」、森博嗣「まどろみ消去」、キング「グリーンマイル(全)」、ナンシー関「信仰の現場」、栗本薫「伊集院大介の新冒険」、岩井俊二「毛ぼうし」、「おにゃんこクラブ・ベスト」、「暗黒大陸じゃがたら」、「マリア2」、「バッドガールズ」、Meg、「ガラスの仮面」、東急ハンズ新宿店、日経BP、廉、かみさん、「レリック」、佐賀、福岡、羽田、セッション大会、「奇想の復活」、とりみき「トマソンの罠」、「メスパイ」、「八雲立つ7」、「じゃじゃ馬グルーミングアップ11」、後は忘れたけど、色々。


1997.07.24

出してしまうと安心する

 人に喋ると、もうそのことについては、あんまり書く気がしなくなる。どんなに面白いネタでも、というより、それが面白いネタであればあるほど、人に会えば喋りたくなるし、喋ってしまうと、その件については一段落ついてしまって、わざわざ文字にすることもないか、とか思ってしまう。文章を書く、というのは、私にとって、不特定多数に向けてお話をする、ということと同じようなもんなんだな。だから、書こうと思うと、その件について喋らないようにしなければならない。そうやって無口になってると、結構書くことも溜まるし、溜まると出していかないと身体に悪いのは精液と一緒だ。
 つまり、とにかく出せればいいわけで、出してしまえば、それが文章だろうと、喋りだろうと、音楽だろうと、絵だろうと、写真だろうと、何でもいいのだった。ということで、文章に力を入れている時の私は、凄く無口になろうと努力しているのだけれど、基本が喋り好きだから、すぐに漏らしてしまって、書くときは別のネタを考える。ネタに詰まるということはほとんどないけど、結構無駄遣いはしてるな。オナニーはほどほどに、というのはこういうことか、と、子供時代の疑問に対して、納得がいったような気もしている。


1997.07.25

ラヴレター

 こんにちわ。
 この間は、お茶をごちそうになり有り難うございました。今度は、二人でお茶飲みに行きましょうね。

 お手紙、有り難うございました。
 お茶を飲むのはよいのですが、愛する奥さんと子供は忘れないようにね。失楽園が流行ってるからといって、私は不倫は嫌いですから。

 先日は、お茶に付き合ってもらって、どうも有り難うございました。また、声かけていいですか?

 声をかけていただくのは構わないのですが、あまり、このようなことを重ねるのは良くないことのように思えます。あなたには、奥様もお子様もいらっしゃるのですから。お付き合いは、仕事の範囲に留めておきましょうね。

 明日は、お暇ですか?もし、時間がとれるようでしたら、夕方くらいにお茶でも飲みましょう。

 ごめんなさい。これ以上、二人で会うのはやめませんか?

 明日のパーティーには、出席されるのですか?最近会ってないので、楽しみです。では、明日。

 今日のパーティーでは、どうしてあんなに機嫌が悪かったのですか?それに、あなたは若い女の子とベッタリで、見るに耐えませんでした。終わってからも、さっさとどこかに行かれたようですね。お楽しみはいいですけど、あのような態度は、私は好きになれません。とにかく、一度会ってじっくりお話する必要があります。ご返事をお待ちしています。


1997.07.26

ハンバーガーについて

 元々、パンが好きということもあってサンドイッチやハンバーガーの旨いのを食べると、その日一日幸せになる。しかし、グルメ情報誌なんかを見ても、ハンバーガー屋という項目は無いし、情報量が圧倒的に少ない。マックだロッテリアだ、というレベルではない、ちゃんとした料理としての「ハンバーガー」が食べたいというのに。で、しょうがないので、ホテルに行く。ホテルは、日本の外国だし、ハンバーガーは外国の食べ物だ。ということで、比較的まともなハンバーガーをてっとり早く食うには、外人が多いホテルのラウンジが一番なのだ。都内では、京王プラザホテル、インターコンチネンタル・東京ベイ、パークハイアットがオススメだが、どこも高い。パークハイアットなど3000円くらいする(京王プラザのグリルのステーキサンドも旨いけど、これも5000円くらいしたと思う)。手軽に、気楽に食べられるのもハンバーガーの魅力の一つのはずなのに。ということで、町に出る。ファーストキッチンのベーコンエッグバーガーだって、フレッシュネスだってウェンディーズだって、まあ、旨いことは旨い。でも、違うのだ。私が食べたいのは、ただのハンバーガーで、ちゃんとでかくて、パティはきちんと肉の味がするハンバーグで、マスタードとケチャップだけで充分美味しい、という、そういう奴だ。海外のホテルで普通に出してるレベルでいいのだ。誰も無理なお願いはしていないと思うぞ。情報によると、アンナミラーズとトニーローマのハンバーガーは、そこそこイケるらしいが、アンミラで飯食う気にはなれないし、トニーローマだとリブ食っちゃうし、なかなかハンバーガーのために行く場所にはならない。六本木のハンバーガーインにしても、まあ、旨いけど、量が少ないし、微妙に求めている物と違う気がする。現在の所、一番いいのは、やはり六本木のジョニーロケッツか。ハンバーガーのサイズもまあまあだし、味は良好。シェークも旨いしアップルパイも旨い。でも、店内は禁煙だし、ハンバーガーのために六本木まで行くのも。何だかなあ。
 ということで、急遽、ハンバーガー情報を集めたホームページを作ることにする。アメリカンなハンバーガー好きの皆様、情報をお待ちしています。


1997.07.27

 山のあなたの空遠く、小さな村があると言う。
 その村には、長髪を後ろで一つに束ねた男や、鼻の下にヒゲを蓄えた男、髪を染めた男や、履き古したジーンズの男、あまたの独身女性などが、それぞれにぶつぶつ言いながら暮らしている。
 村の朝は遅い。昼の12時をまわった頃から、ようやく起きてくるものが、村一番の早起きだ。普通は3時から4時、みんなが間違いなく起きているのは、11時過ぎである。
 今日も、また村に一人の男がやってきた。毎年数人が、この村を訪れ、そしてそこの住人になる。新入りに与えられるのは、ADという役職である。村では、驚くほどの数の雑誌が出版されている。もちろん、この村だけで流通する、ミニコミだ。編集部の平均年齢は52才。しかも、誰もがそれなりの腕を持っているため、新入りのほとんどが、かつて編集長クラスや、売れっ子ライターやイラストレーターであるにも関わらず、ADやアシスタントの仕事に甘んじるしかない。
 そう、ここは、フリーのマスコミ人が行き着く果て。雑誌などで仕事をしていく上での最大の疑問。何故、60才のフリーライターやフリーエディタがいないのか?という疑問の答えはここにある。
 何より、怖いのは、ここが「成功」したものだけがたどり着ける場所だということだ。


1997.07.28

Contemporary Girls

 ねえ、結構私ってヘンでしょ。だって、ヘンじゃなきゃ生きていけないもん。ヘンにしてないと、誰も私って気づいてくれないから。セックスだって、もう誰でもやってるんだから、そのままじゃ退屈だし、ほとんどどうでもいいんだもん。だったら、ヘンなことしてた方が、ヘンな部分を愛してもらえるから、そしたら、そこは私だから、ちゃんと私を愛してもらえる。そうじゃなかったら、一人で自分をかわいがってた方がいい。ヘンでいれば、凄く楽だし、なめられないし、目立つし、かっこいいし、これが結構リスクも無いの。おじさんは凄いって思うみたいだし、若い子もちょっと退いたりして、私って結構凄いじゃん。フツーしてても面白いことなんかないしさ。ヘンやってたら、可愛くなくても、可愛くなれるんだよ、ないしょだけど。本当は、そんだけ。だからしんどいけど、しんどいのも、ヘンだからじゃなくて、ヘンを選んじゃったからってだけ。でも、そういうこと考えてる訳じゃない。だから、この文章は、本来、誰のものでもない考えが書かれている。だからフィクションだけど、こういうことって、凄く普通に考えられている、普通のことだ。表立たないけど。あんまりContemporaryじゃない。ほとんどビョーキって、一体いつの流行語だ。


1997.07.29

雑誌編集部の不思議

 パソコン雑誌の編集部では、「最近は、一般誌の仕事が多いんですよ。」とか言うと、「凄いですね。」とか「いいですね」とか言われるのだが、一般誌の編集者と話していて、「パソコン雑誌にも書いてるんです。」とか言うと、「凄いですね。」とか「かっこいいですね」とか言われる。ずーっと不思議なのだが、今でも、よく分からない。また、パソコン雑誌の編集者は、何故か一般誌のようなことをやりたがるし、一般誌の人は、パソコン専門誌のような特集を企画したがる。まあ、この先、多分、メディアはデジタルとアナログの区別がなくなって、パソコンもそういうデジタルコンテンツを見るためのマシンになっていくだろうから(少なくともエンタテインメントの世界ではね)、一般誌とパソコン誌の区別というのも(一部の専門誌を除いては)あんまり意味がなくなってくるんだろうとは思うけど、妙にお互いを意識しあっているのは面白いな。で、パソコン誌サイドからは「デジタルコンテンツの情報誌」なんていう、パソコンマニアしか読まないような企画が出てきて伸び悩むし、一般誌は、妙に難しいネタをやりたがっては、ライターの不在と読者の不在に気が付かないまま、「そういう時代だから」と、意味もなくシニカルになってたりして、なんなんだろーね。
 特に、パソコン誌の編集って、何故か一般誌に対して、妙な憧れとか劣等感持ってる人がいる。で、初心者に分かりやすく、とか、マニアじゃない人向けに、という理由で、ツマンナイ有名人インタビューや、コギャルネタや、女性によるインターネット・ツアーといった、一部のマニアにしか受けない企画を作っちゃう。初心者とか、マニアじゃない人がパソコン雑誌買う理由なんて「情報が欲しい」「パソコンの使い方を知りたい」「どんなソフトがあるのか知りたい」「どんな周辺機器があるのか知りたい」といったことに決まってるじゃない。一般誌的な記事は一般誌で読むからさあ。ちゃんとしたパソコン雑誌作ってね。エンタテインメントやりたいなら、パソコンを使いたいと思う人、パソコンを持ってる人がちゃんと楽しめるものをやるか、デジタルコンテンツをきちんと評論する読み物やる、というふうに、ちゃんとパソコンを軸に考えてね。で、自信持って作ろうよ。まあ、某日経系の雑誌みたいな、無意味無根拠な自信の持ち過ぎも困り物だけど。


1997.07.30

Guiter

オープニング

 夜の広い舗道、人通りも多いが、通るのはほとんどが若い男女。
その道の端に座っている10人程の10代の男女。いちゃついてるのもいれば、クスリでぼんやりしてるのもいる。妙にギラギラしてるのもいて様々。足下には、石ころやシェイクのカップなどのゴミが積んである。
時折、そのゴミを、一人で歩いてくる気の弱そうな男女に向かって投げつけては、ギャーギャー笑っている。

シーン1

溜っていた10人の男女の内5人が、練習スタジオでロックバンドの練習をやっている。あまり真面目にはやっていない。ライヴのように、曲間にMCを入れたりしている。練習が終わり、4人は一緒に帰る。ギターの女の子は「用事がある」と言って、一人、別の道へ。
女の子、エレキギターのソフトケースを肩から提げて歩いている。女の子は小柄でややパンク系。向こうから、ベースのソフトケースを肩から提げた大柄の女性が歩いてくる。
すれ違いざま、ギターがちょっとぶつかる。女の子は反射的に「オバン気張るんじゃねえよ」とつぶやく。ベースの女性も「弾けんのかよ」と応える。
喧嘩を始める二人。

シーン2

再びオープニングと同じ舗道。同じように今度は15人程の男女が溜っている。同じように物を投げつけたりしている。
ベースの女性が女二人連れで歩いてくるのを、ギター少女が見つけて、周りの連中に喧嘩の事を話す。
その二人連れに集中して物を投げる連中。知らん顔で通り過ぎようとする彼女たちに、にやにやしながらついていきながら、更に物を投げる。だんだんエスカレートして火のついたタバコやハンバーガーなども投げる。誰かが思いっきり投げた石が顔に当たる。「ざまみろっ」と叫ぶギター少女。
見て見ぬふりをする通行人。
いきなり仲間の一人がデカイ男(27才くらい)に殴られて吹っ飛ぶ。見ると3人連れで、ベースの女性達の知り合いらしい。乱闘になり、15人いた彼らは全部ボロボロにされる。女の子達も殴られるが、ギター少女は一人で逃げる。後ろからベースの女性の「一人逃げるわよっ」という声が聞こえる。

シーン3

シーン1と同じスタジオのロビー(というか、スタジオが空くまで待ってる所)でギター少女のバンドがスタンバイしている。これから入るスタジオはまだ前のバンドが練習中で、中からやたらと巧いアシッドジャズ系の音が漏れ聞こえる。
「うめえなあ」とリーダー格の少年が言う。「ケッ、おっさん音楽」と言いながらギターのチューニングをしているギター少女。
スタジオの扉が開き、前のバンドの人々が出てくる。「おっ、こないだのガキじゃん」と一人が言う。
「こないだはどうも」とリーダー格の少年があやまりながらスタジオに入ろうとする。「聞かせてもらおうかな」ベースの女性が笑う。
ギター少女、いきなりギターを振り上げてベースの女性を襲うが、周りに羽交い締めにされる。「弾くより似合ってるじゃない」ベースの女性が言い、どっと笑う。
ギター少女、周りになだめられながら、スタジオに入る。ドアを閉める直前、またベースの女性の笑い声がして、ギター少女は掴まれている腕を振りきって、ベースの女性に襲いかかる。ギターを思いっきり振り下ろす。間一髪で男の手に引っ張られて避けるベースの女性。ギターは床に叩きつけられる。
「危ねえな、こいつ」などと言いながらアシッドジャズ・バンドはスタジオを出ていく。ベースの女性は、引っ張ってくれた男に抱き抱えられたまま、ギター少女を見て笑う。
ギター少女、出ていく彼らを睨み付けながら泣いている。ギターは弦の一本も切れていない。勿論、壊れてもいない。
あっけにとられている自分のバンドのメンバーに向かって「練習するよ」と言い、スタジオに入るギター少女。

ラストシーン

スタジオの中。ちょっとだけ傷ついたギターのボディをなでながら、チューニングメーターをつなぐギター少女。


1997.07.31

化粧

「おい、まだやってんのか。早くしろよ。」
外で信さんが怒鳴っている。あの人の短気はいつものことだ。
「もうちょっとだから、信さん、待ってておくれよ。」
私は外に向って声をかけて、もう一度鏡台と向き合った。ゆっくりと口の形を紅で描いていく。ちろりと覗く舌が、我ながら可愛らしいと思う。懐紙を軽く咥えたまま、後ろ髪のちょっとしたほつれを直す。表は相変わらず、黒船だ攘夷だとやかましい。大声を聞くと思わず眉をしかめてしまう私は、最近、眉間の皺が痕になってしまったような気がする。
「おい、棟梁ンとこ行くのに、いつまでめかしこんでやがる。」
信さんは声が大きい。
「でもさあ、信さんが連れて歩いても恥ずかしくないようにって思ってさあ。」
「充分、綺麗だよ、お前は。だから一緒になったんじゃねえか。」
そう、それを私はよく知っていた。
「もうすぐだから、待ってて。」
ちょっと帯をゆるめて、襟元を少しだけ開く。衣紋もちょっと抜き加減に。

表の御屋敷から長唄が聞こえる。京鹿子娘道成寺。

だれにみしょとて べにかねつきょぞ
みんなぬしへの しんじゅだて

「お待たせしました。」
信さんに声をかけながら、私は、何度も鏡の前で稽古した、とろけるような笑顔を物売りの小僧さんに投げてやった。


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